日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S306
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世界金融危機以降の住宅価格の高騰と「高度成長」の実態
*阿部 康久
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抄録

本シンポジウムでは、1990年代以降の中国を「高度経済成長」期と位置付けている。しかしながら、実際に中国では1990年代以降、10%近い経済成長を達成した時期が長期間続いていたにもかかわらず、「高度成長」という用語は、ほとんど使われていないという。

本報告では、まずは「高度成長」が続いていた時期とほぼ重なる時期になされた、いくつかの政策転換をまとめることで、その理由を考える手掛かりを得たいと考えている。高度成長期の開始とほぼ同時期と考えられる1992年以降の大きな経済政策の変化は概ね以下のようにまとめられる。

1992年 南巡講話・社会主義市場経済体制の導入

1997年 私営企業の設立が正式に公認

1998年 住宅制度改革の完成

2001年 WTO加盟

2007年 世界金融危機への対応策としてのインフラ建設への大規模投資の実施

以上で取り上げた諸政策の中でも、中国の経済成長と社会のあり方に大きな影響を与えた政策変更として、1998年にその方針がほぼ定められた住宅制度の改革は、大きな契機となったものの1つであったとみられる。この住宅制度改革以降,中国では持ち家の所有が必要とされる様々な制度的・社会的背景が存在していることもあいまって、四大都市(北京・上海・深圳・広州)やそれに次ぐ特大都市(城区人口500万人を超える都市)レベルの都市においては投機的資金の大量投下による不動産価格の高騰という現象が顕著になった。特に2010年代における不動産価格の高騰は非常に顕著なもので、明らかに一般的な都市労働者の賃金水準では、住宅を購入することが不可能な水準になっている。

この背景として、世界で最も著名な経済地理学者であるデビィド・ハーヴェイは、2017年に原著が刊行された『経済的理性の狂気』にて、世界金融危機以降の中国経済のあり方について言及している。彼の議論では、中国政府による金融危機への対応策としての住宅・インフラ建設への多額の投資と財政出動、それによる都市空間の形成について論じられている。ハーヴェイによる住宅・インフラ建設への過剰な投資と生産への注目は、2020年末頃から表面化した中国の不動産業の経営危機を予見したものといえる。

報告者がこれまで中国各地で行ってきた人々の労働移動に関するいくつかの調査結果を考慮する限り,上記の四大都市のような「大都市」は,農村部出身の出稼ぎ労働者や中小規模都市出身の大卒ホワイトカラー層が一時的に就業・居住を希望する地域である一方で,このような人々がマイホームを購入して定住することが可能とは考えづらい地域になっている。

試算によると、不動産セクターは中国のGDPの3割程度を占めるとされている。また、一般的に比較されることが多い日本のバブル景気は実際には5年強程度の期間しか続かなかった。中国の不動産価格の高騰は、実際には人々の可処分所得を減少させているとも解釈でき、その期間の長さも国民生活に与える影響も特異である。総体としての経済成長率の高さにもかかわらず「高度成長」という用語が使われていない理由の一部と解釈できるかも知れない。

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