日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S404
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水道事業の再編にみるローカル・ガバナンスの変化
*美谷 薫
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抄録

1 はじめに

 少子高齢化や人口減少の進展は,地方圏から大都市圏にも広がりをみせており,行政サービスの存立基盤を大きく揺るがしている。取り巻く環境の違いなどもありつつ,21世紀に入って以後,各事業分野ではサービス維持のための取組が進められている。とりわけ大規模な施設を要したり,対人サービスを主としないような分野においては,事業や施設の統廃合などの広域再編が多くみられている。

 本報告では,水源から各利用者までを管路で接続するという大規模な装置産業の特性を有する水道事業を取り上げ,これまでの再編の展開と近年の再編のあり方の変化を確認しながら,水道事業をめぐるローカル・ガバナンスの変化を整理していきたい。なお,事例には,政令指定都市から小規模町村まで水道事業者の規模に相違があり,また近年,積極的な再編事例がみられる福岡県を取り上げる。

2 近年の水道事業の再編動向

 人口減少に伴う水道使用量の減少などとともに,高度経済成長期に大量に整備された各種水道施設の老朽化が顕著な問題となり,2000年代に入ると,国は多様な形での水道事業の広域化を目指すようになった。

 2014年の国通知は,都道府県単位で水道事業の運営基盤強化の方向性を示すことを求めており,2018年の水道法改正では,都道府県の責務の1つに水道事業者間の広域的な連携推進が位置づけられた。また各都道府県には,具体的な水道再編の内容を含む「水道広域化推進プラン」の策定が求められ,2023年度までに全都道府県で策定が完了している。

 このような動向を受けて,香川県や広島県では全県スケールでの水道事業の広域化を目指す動きが進展するなど,各地で水道事業のさまざまなレベルでの広域再編・連携が進んできている。

3 福岡県における水道事業の再編の展開

 福岡県水道整備室の資料を基に,福岡県内における水道事業の再編の実態をみていくと,1980年時点での福岡県内の水道普及率は福岡市・北九州市とその周辺や旧産炭地域で高い傾向にあった。農村部では普及率が相対的に低く,また,多くの事業体が自己水源を中心とした事業を展開していた。

 「平成の大合併」直前の2000年時点になると,多くの市町村で普及率が上昇したものの,中山間地域では普及が進んでいない状況が続いていた。水道事業の全体を広域行政組織(水道企業団)などで実施している事例は,この段階ではごく少数であったが,水道企業団による水源確保の事例が増加した。水源に乏しい福岡県においては,都市人口の増加や工業用水の確保への対応として,ダム建設が選択され,各地で水道企業団の設立とそれによる用水供給が進んできた。

 直近の2020年の段階になると,「平成の大合併」に伴い合併市町村内での水道事業の統合が進んだほか,新たな広域行政組織の設立や複数市町間での水道事業の統合が行われるなど,水源確保に加えて,水道事業全体での「広域化」も進んできている。2020年以後も田川地区での水道企業団構成市町での「事業統合」が行われるなど,今後も各地での広域化の進展が予想される。

 公営企業として経営されることが一般的な水道事業は,いわゆる「独立採算制」を採っており,安定した経営や施設の老朽化への対応には水道料金収入の十分な確保が求められる。一方で,コストに見合う収入を得ようとすると水道料金が高額に跳ね上がることから,生活インフラとしての性格を考慮すると,なかなかその実現が難しい。このようなジレンマの中で,小規模/大規模事業体それぞれの立場から,広域化によって局面を打開しようとする動きが進んでいるといえる。

4 水道事業の再編にみるローカル・ガバナンスの変容

 高度経済成長期以後,都市用水の需要増に伴って,水源確保の側面ではダム建設などによる「広域化」が進んできた。大都市圏ではそれ以前から「事業統合」が進展している例もみられたが,地方圏の福岡県では,水源開発のための空間的枠組みと水道事業の経営の枠組みは異なる形となり,水道事業をめぐるガバナンスの「多層化」が進んだものと考えられる。

 一方,水道事業の維持が求められるようになった近年では,「多層化」した水道事業の上位スケールに事業全体が統合される「広域化」が進もうとしている。事業を取り巻く環境の変化によって水道事業をめぐるローカル・ガバナンスのあり方は変化してきているが,その一方で,身近な生活インフラの経営主体が住民から距離のある広域行政組織に移行する点の課題などについても議論が必要だろう。

  本報告は,科学研究費補助金基盤研究(B)(課題番号:20H01393)および同基盤研究(C)(課題番号:19K01175)による成果である。

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