主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2024年日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2024/09/14 - 2024/09/21
1 はじめに
地理学は,20世紀に勃興した環境科学や環境学に先立って自然と人間との関係を考察してきた数少ない学問の一つである(たとえば,谷岡,1989)。学問の深化のため,「自然とは何か」という問いに対する答えは,「人間とは何か」についてとともに,常に探索し続ける必要がある。日本の自然地理学においては「自然」の定義について,議論が十分になされてきたとは言い難いが,たとえば小泉(1986)は,自然を「環境」として位置付けている。他方,日本の人文地理学の,自然の地理学における「自然」は,社会的に構成されるもの(たとえば,福田,2014)や社会的・文化的に生み出されるもの(たとえば,中島ほか,2016)と理解されており,齟齬が生じているように思われる。地理学の一体性を保つため,自然地理学者と人文地理学者との間で「自然」の語の意味について共通理解を得ることは,重要であると考えられる。
そのための手がかりとして,本発表では,「自然」の原語であるギリシア語φύσις,ラテン語natura各語のもつ意味を,原典の文脈に即して読み取ってみたい。本発表では,こうした問題意識のもと行った作業と,その結果について報告する。
2 研究対象と手法
φύσιςとは何かを問うたアリストテレス『自然学』,naturaの定義を示したトマス・アクィナス『神学大全』を研究対象とする。それぞれにおいて,φύσις,natura各語の定義を検討している個所の文脈から,それらの意味を検討する。
3 結果と考察
φύσις,naturaは第一義的に,本来の性質,「本性」という意味を有していた。現在英語のnature,日本語の「自然」も,同様の意味を持つ。つまり「本性」という意味は,古代,中世から現代にいたるまで継承されている。他方,自然地理学の自然にも,自然の地理学のそれにも,「本性」という意味はない。自然地理学の自然は,小泉の言う通り「環境」である。したがってこれまでより正確に意味を表すため,自然地理学は「環境地理学」と呼ぶべきではないだろうか。他方,自然の地理学の自然は人手の入っていない「天然」を意味すると思われる。また,日本語では「人工物」の対義語として「天然物」が用いられることがあることから,自然の地理学の「自然」は従来自然地理学で用いられてきたそれと混同されるのを防ぐため,「天然(物)の地理学」と訳しなおすことが可能と考えられる。
文献
小泉武栄 1986.「自然と人間の関係」を把握するための調査技術に関する一考察.新地理 34-2: 31-39.
谷岡 武雄 1989. 環境論の系譜と展開. 水質汚濁研究 12-6: 334-335.
中島弘二・橘 セツ・福田珠己・淺野敏久・伊賀聖屋・石山徳子・森 正人 2016.自然の生産と消費―「自然の地理学」の視点から―.E-journal GEO 11-1: 348-351.
福田珠己 2014. 「自然」は自然なものか?──近年のランニング・ブームに関する一考察.経済地理学年報 60: 301-312.