日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 304
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ネパールで実施したプレート境界断層の剥ぎ取り標本に関する企画展の開催とその意義
*熊原 康博CHAMLAGAIN Deepak八木 浩司岩佐 佳哉
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抄録

はじめに ネパールは,インドプレートとユーラシアプレートが衝突するプレート境界に位置し,その大部分がヒマラヤ山脈に含まれる。ヒマラヤ山脈は,長い年月にわたるプレート衝突により形成された。現在のプレート境界にあたるヒマラヤ前縁帯活断層の先端は,ネパール南部を東西に通っている。過去には,この断層が活動することによって巨大地震が発生してきた。つまり,ヒマラヤ前縁帯活断層は,山地隆起,プレート境界,巨大地震の関係を一度に学ぶことができる貴重な存在といえる。そこで,ヒマラヤ前縁帯活断層先端の断層露頭の剥ぎ取り標本を作成し,この標本と,それに関連する解説をつけたコンテンツを開発し,それを用いた企画展を行うこととした。この企画展では,実物の活断層を見て触わることを通じて,将来起こりうる巨大地震への啓発や,科学的な知識に基づいた活断層とヒマラヤ山脈形成の関係への理解を目指した。

企画展の概要

期間:2024年4月21〜25日(5日間)会場: Nepal Academy of Fine Artsのホール(ネパール・カトマンズ市)展示会の名称:Touch the Indo-Eurasian Plate Boundary An Exhibition of Peeled-off Earthquake fault of Nepal Himalaya展示内容:①プレート境界剥ぎ取り標本,②断層露頭の写真ポスター,③ネパールヒマラヤの3D地形モデル,④地形・地震・断層・ハザードマップに関する解説パネル,⑤ネパールの典型的な活断層地形のアナグリフ画像,⑥「地震とともに生きる」をテーマとした絵画来訪者数:約800名

主な展示物の作成方法 剥ぎ取り標本は,ネパール南東部ダマク市のヒマラヤ前縁活断層を対象に採取した。Wesnousky et al (2017) GRLのトレンチの隣で実施し,幅9m×高さ5mの部分を剥ぎ取った。壁面にトマックNS-10を塗り,布を壁面に貼った後,乾燥させ,人力によって布と地層を一緒に剥ぎ取った。剥ぎ取り標本は,地層の劣化防止と視認性を高めることを目的にラッカーを表面塗布した。 ネパールヒマラヤの3D地形モデルは3Dプリンターで出力した。データは,ALOS 30m DSMをダウンロードして,QGISでデータを統合し,地形を平滑化した。モデルは,1片15cmのブロックを組み合わせて作成し,全体で横150cm×縦45cmとなり,高さの強調を12倍としたことで高さ方向は最大17cmとなった。

企画展の準備 企画展に向けた事前準備は主に以下である。①宣伝用ポスターの作成,②会場レイアウトの検討,③剥ぎ取り試料の見学用ステップの制作,④断層露頭の写真ポスター及び展示パネルの作成・印刷,⑤関連機関への招待状の送付,⑥企画展参加者向けのアンケートの検討と印刷,⑦企画展前日にコンテンツの搬入と配置

企画展の様子 企画展初日は主催者及び来賓者を招いて開会式を行った。開会式では,主催者が,企画展の意図や目的に関するプレゼンテーションを行った。訪問者は,企画展を見学した後,最後に簡単なアンケートへ回答した。訪問者は,5日間で812名であり,内訳は1日目141名,2日目101名,3日目75名,4日目293名,5日目202名であった。3日目までは大学生が多かったが,4,5日目は学校の生徒・児童,一般企業の方の来訪が増えた。最終日の夕方に企画展のコンテンツを撤収した。

アンケート結果 展示の内容(n=223)については,50%が妥当とし,37%が簡単・やや簡単と回答した。また,展示の興味関心を尋ねたところ,回答者(n=227)の97%が大変興味深い/興味深いと回答しており,ほとんどの方に有意義な内容であったことが確かめられた。関心を持ったコンテンツについて尋ねると,全回答数(n=374,複数回答あり)の内,第一位が剥ぎ取り標本(31%)であり,3D地形モデル(26%),断層露頭ポスター(18%)と続いた。実物標本が多くの方の関心を呼び起こしたことがよくわかる。

展示開催の意義 5日間の短い期間の開催であり,パイロット的な試みであった。アンケートでは,有意義な内容であったとの回答が多数を占め,試みは成功したと言える。今回使用したコンテンツは再利用可能なものであり,今後も同様の企画展を開催し,多くの方に,巨大地震に対する潜在的な危険性への啓蒙と,ネパールの地形の成り立ちへの科学的理解を深めてもらいたいと思っている。そのためには,今回は英語のみの解説パネルであったが,ネパール語への翻訳も必要と考える。

本プロジェクトは,日本学術振興会の科研費(18KK0027)によって行われた。

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