日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 537
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イングランドの気候地名Cold Blow
*宅間 雅哉
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抄録

イングランド南東部ケント州のTemple Ewell行政教区に所在するCold Blowは,直訳すれば「冷たい一陣の風」となる。本研究では,Met Office(イギリス気象庁)の天気予報から得られる各種気象データを根拠として,「寒さ」と「風の強さ」を意味する気候地名Cold Blowを提案する。Cold Blowにおける寒さ(気温の低さ)や風の強さは,少なくとも他の1地点との比較の上で論じる必要がある。そこで,この役割を教区教会所在地となる町Temple Ewellに求めた。教区教会は,北西から南東に走る谷の底にあり,標高は約43.9メートルである。Cold Blowはここから西北西に約1.8キロ離れた尾根上にあり,標高は約120.4メートルである。ただ,Cold Blow及びTemple EwellはいずれもMet Officeの予報地点には含まれていないため,同庁ウェブサイトが自動で指定する最寄りの予報地点Ewell Minnis(EM)をCold Blowの,Dover Youth Hostel(DYH)をTemple Ewellの代替指標とした。

 現在,Met Officeの天気予報では,1日24時間各正時時点の空模様,降水確率,気温,体感温度,風向,平均風速,最大風速,視程,湿度,紫外線レベルが提供される。本研究では2022年4月1日から2023年3月31日までの1年間,毎日午前7時から8時の間にEM及びDYHのページにアクセスし,気温,体感温度,風向,平均風速,最大風速をすべて記録した。以下では1年分のデータを3ヶ月ごとにまとめ,4〜6月,7〜9月,10〜12月,翌年1〜3月の4期間に分割して議論を進める。

 気温に関するデータでは,年間を通して平均気温及び平均体感温度でEMが低く,平均体感温度と平均気温の差も年間を通してEMが大きい。特に1〜3月期におけるEMの平均体感温度と平均気温の差とDYHの平均体感温度と平均気温の差の差 − 0.36℃は極度に大きく,この時期におけるEMの非常に厳しい寒さを示唆する。

 風に関するデータのうち,平均風速では,年間を通してEMがDYHを上回る。しかし,平均最大風速では,4〜6月期及び1〜3月期はEMがDYHを上回るが,10〜12月期にはDYHがEMを上回り,7〜9月期及び年間平均では同じ値になる。これに従えば,「風の強さ」という点で十分にEMがDYHよりも優位に立つのは,4〜6月期と1〜3月期ということになる。実は,この2つの期間はEM,DYH双方において,南西及び北東よりの風が卓越するという点で共通する。しかし,平均風速の値が大きい上位3方位に注目すると,やはりEM,DYH双方において,4〜6月期は南西・北東・北北東,1〜3月期には南西・南南西・西南西の順になる。

 上で述べた風に関するデータの分析結果によれば,4〜6月期及び1〜3月期は,方位別平均風速の上位3方位を除いて,平均風速及び平均最大風速でEMがDYHを上回り,南西及び北東よりの風がともに優勢という共通の傾向を有する。これを踏まえて,これら2つの期間におけるEM及びDYHの平均風速,平均最大風速に加えて,平均気温,平均体感温度の日変化を1時間単位で比較した。まず平均風速では,両期間とも24時間を通して,常にEMがDYHを上回る。これに対して平均最大風速では,DYHがEMを上回る時間が4〜6月期に4時間,1〜3月期には10時間になる。一方,平均気温では,4〜6月期の日中6時間はEMがDYHと同じか,あるいはわずかながらそれ以上となる。これに対して,1〜3月期には24時間を通してEMがDYHより低い。また平均体感温度でも,EM がDYH以上となる時間が,4〜6月期には2時間あるのに対して,1〜3月期には,やはり24時間を通してEMがDYHより低い。

 ケント州Temple Ewell行政教区所在のCold Blowは,代替指標による気象データの分析に依拠する限りにおいて,教区教会所在地よりも年間を通して寒く,平均風速は大きいことが明らかになった。中でも冬の間,すなわち南西よりの風が卓越する1月から3月までの期間は,そうした傾向が特に顕著である。以上の事実は,Cold Blowを「寒さ」と「風の強さ」を意味する気候地名とみなすに足る十分な根拠になるものと思われる。

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