日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: P029
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関東地方を中心とした天然氷製氷池の分布と気温復元
*大久保 香穂山口 隆子
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抄録

1.はじめに

 天然製氷は,地域の自然の特性を生かした水利用の例として特異なものであるが,気候や地形的な制約を受けるため産地が限定され,また,盛んに製造が行われていた時代が,機械製氷が普及するまでの1870年から1910年頃までという短い期間であったため,記録に残されることが少なかった(村上,2019).しかし,氷は日常に不可欠で,全国各地に製氷池があったと考えられる.

 また,天然氷の製造が盛んであった1800年代は気温の観測が不十分で,1900年時点での気象観測地点は,関東地方では7か所と少なく,当時の気温分布は不明である.

 本研究では,製氷されるまでの温熱環境,特に気温と天候の関係性を解明し,製氷池の分布を明らかにすることで,過去の気温分布の把握に寄与することを目的とした.

2.方法

 現存する秩父・日光において気温の連続観測や切り出し日に焦点を当てた製氷記録のデジタル化・解析,ヒアリングを行った.市史や統計書などを用いて文献調査をし,明治~昭和までの分布および気温分布図を作成した.気象官署の気温は,採氷までの気温変化が影響するため,区分した各年代の1月の日最低気温の月平均を年代平均したものを使用した.

3.結果および考察

 切り出し日と製氷記録に記載された項目で分析した結果,放射冷却が増す晴天が多く,切り出し日前15日間平均日最低気温が-4.5~-3 ℃の時に製氷を行っていることが判明した.

 製氷池の全国的な分布の特徴としては,内陸部で多いことや南方の地点では主に標高が高い山間部で多く,製氷開始のきっかけは高原開拓に伴うものが挙げられる.作成した年代別の製氷池の分布を参照すると,明治初期は東京や神奈川のみであったのが,徐々に関東全域に広がり,昭和に入り製氷池は増えている.戦後の特需で東京都での製氷が存続又は開始されたことも分かった.

 現地の調査結果から,製氷池の気温を-3 ℃以下とし,製氷池の分布を合わせて気温分布図を作成した.明治初期から昭和にかけて,東京都や神奈川県など都市部では,気象観測地点より製氷池付近は寒冷であった.明治時代とはいえ,気象観測地点では,ヒートアイランド現象が起きていた可能性もあることが分かった.

4.おわりに

 現存する製氷池での観測や製氷記録の解析から,製氷に適した気温を-3 ℃以下と設定し,製氷池の分布の調査結果と合わせ,気温分布図を作成した.気象官署は主として都市部の平地での観測であり,ヒートアイランドの影響を受けた地点もあると推察される.広く分布する製氷池による気温分布推定は,現在行われている気温の再解析値の検証データとして有効に利用できる.

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