日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: P081
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遺構を再生する小水力発電事業の意義と課題
受け継がれる地域の物語として
*中尾 京子野津 喬
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抄録

遺構を再生する小水力発電事業の意義と課題ー受け継がれる地域の物語としてー

Significance and challenges of revitalizing abandoned small hydropower facilities,As an inherited local story

中尾 京子*, 野津 喬(早稲田大学大学院 環境・エネルギー研究科)Kyoko NAKAO, Takashi NOZU (WASEDA University Graduate School of Environment and Energy Engineering)

キーワード:小水力発電,遺構,再生,地域資源,地域貢献

Key Words:Small-hydropower, Abandoned facilities, Revitalization, Local resources, Community

1.背景・目的:埋もれたレガシーを地域の資源に

 自然資源である河川を利用する小水力発電は、地形等に合わせて個別に設計し、立地から切り離せないことから、地域密着性が強いエネルギーといえる。歴史は古く、日本では明治時代に遡る。ヨーロッパから輸入した技術をやがて国内企業が担い、主に山間部へ導入されて人々の暮らしに電気をもたらした。しかし稼働から数十年後には、多くの施設が当時の社会情勢から継続を断念することとなり、遺構となって地域に埋もれてしまった[1]。これは他の再生可能エネルギーにはない特徴である。 埋もれていた遺構に再び光が当たるようになったきっかけは、2011年に起きた東京電力福島第一原子力発電所の事故である。小規模分散型で地域資源由来のエネルギーを希求する機運が高まったこと、翌年導入されたFITに後押しされたことなどにより、小水力発電に目を向けた人々が適地を探し事業化する動きが増えていった。その流れの中で、遺構に気づき活用する再生事業も各地で生まれた。

 本研究は、地域史の文脈で捉えることのできる小水力発電[1]の再生事業に着目し、複数事例の調査・比較を行うことによって、その意義と課題を明らかにする。

2.研究方法:遺構の再生事例調査

 2023年8月から2024年1月の間に、静岡県賀茂郡(事例A)、石川県金沢市(事例B)、岐阜県大垣市(事例C)の3事例について、現地調査及び各事業主体の担当者を対象とするヒアリング調査を行った。調査項目は ①事業参入の経緯 ②各フェーズで直面した困難と克服のプロセス ③実感する事業の意義と魅力 ④今後の課題と展望、である。その他キーパーソンとして、事例Bは旧発電所勤務経験のある立地地域の町会長2名に旧発電所及び発電所再生事業に対する思いと関わり方を、事例Cは事業形成の端緒を開いた他地域の大学教員に遺構を活用する小水力発電に注目した理由及び地域住民との合意形成のプロセス等についてヒアリング調査を行った。

3. 調査結果・考察:社会的意義が好循環を生む

 事業主体はいずれも地域に縁の深い民間企業であるが、それぞれの事業領域は異なっており、そのことが事業推進の難易度にも関連していた。また3事例ともに、小水力発電事業の特性に加え、再生事業特有の困難(旧設備の調査をはじめとする工程の多さ、旧設備を活用するための臨機応変な創意工夫の必要性等)に直面していたが、事業主体の担当者はいずれも事業に対する社会的意義を感じながら、高いモチベーションを保ち続けていた。町会長等の地域のキーパーソンは、同意形成の必要な地権者及び地域住民と、事業主体の担当者を結ぶ重要な役割を果たし、事業による地域活性化を期待していた。その思いに応えることが、事業主体の担当者の士気を高めることに繋がっていた。また3事例とも旧施設の埋もれていた歴史を調査し、継承に尽力していた。それらはただ美しい記憶ばかりではなく、当時の過酷な労働や自然環境への配慮不足等も見えてくるが、先人への深い敬意とともに学ぶことの多い貴重な文化遺産でもある。

[1]西野寿章(2022), 日本地域電化史論-住民が電気を灯した歴史に学ぶ-, 日本経済評論社

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