日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: P044
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文化遺産防災マップの構築と災害対応への活用
*鈴木 比奈子蝦名 裕一吉森 和城半田 信之三浦 伸也目時 和哉原 直史
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抄録

1.背景と目的

近年、自然災害により文化遺産が被災する事例が数多く発生しているが、文化遺産救出の始動には一定の時間を有する。一方で、被災した文化遺産の劣化・破壊は災害発生直後から加速度的に進行し、応急復旧時に災害廃棄物として文化遺産が破棄される可能性もある。これらを阻止するためには、平時からの文化遺産所在情報の把握、災害発生直後における迅速な被災状況の確認、被災地内外における保全関係者の連携体制の構築と救出活動の開始が求められる。2011年以降、災害時の文化遺産レスキューの迅速化のため、東北大学災害科学国際研究所を中心に「文化遺産防災マップ」構築が取り組まれてきた(例えば蝦名,2022など)。また、文化遺産に対するハザードへの曝露状況の可視化(鈴木ほか,2023)が検討されてきた。本稿では「文化遺産防災マップ」を利用し、2023年度に岩手県立博物館で実施した文化遺産防災訓練の事例と得られた今後の課題、令和6年能登半島地震の状況を報告する。

2.文化遺産防災マップの構成

文化遺産防災マップは、Web-GIS(eコミマップ)を活用し構成している。盗難の恐れを念頭とした個人情報保護の観点から、ID/PASSで閲覧者を制限できる機能をもつアプリとした。マップで閲覧できるデータ構成は、文化遺産情報、ハザード予測情報、進行中の災害情報、地理院地図から成る。現段階で文化遺産情報は、国が公開する緯度経度情報付きの国・都道府県の指定文化財の約35,000件であり、全てをポイントデータとして表示している。ハザード予測情報は、国交省ハザードマップや防災科研が公開する地震動予測情報などである。災害発生時には、各機関からWMS、KML、geojsonなどで公開がされるデータを重畳した。

3.災害対応への活用

1)岩手県立博物館での防災訓練(2023年11月24日実施)

文化庁のInnovate MUSEUM事業を活用し、「岩手県版文化遺産防災マップ」を用いた防災訓練が実施された。ここでは、岩手県の教育委員会や県内の市町村の文化財担当職員約35名が参加し、豪雨災害を想定した訓練を実施した。

2)令和6年能登半島地震対応

2024年1月1日に発生した能登半島地震に際し、推定震度分布(防災科研)、斜面崩壊・堆積分布(国土地理院)、津波浸水域(日本地理学会)のハザードデータを重畳した。被災3県(石川、富山、新潟)のデータは、国・県指定の文化財情報と推定震度分布から、建物被害が生じる震度5弱以上の被害状況を推計し、指定文化財677件の文化財に被害が生じる可能性が推定された(蝦名・川内,2024)。そのほか自治体史から抽出した古文書所蔵情報を登録した。新潟県では、自治体等の関係者に文化財マップの情報提供をしている。

4.課題,まとめ

1)文化遺産情報のポイントデータのみでは迅速な状況把握に課題があり、事前防災および直後には、あらかじめ文化遺産がどこに集中しているかが俯瞰的に把握できるものが必要との意見が出た。ヒートマップやメッシュデータへの変換は1つの案である。また、訓練や災害での実践により、データベース項目やマップ活用フロー改善のさらなる検討が考えられる。

2)各機関からWeb-GISで情報は公開されているものの、WMSやAPIが非公開となっているなど、地図のマッシュアップが想定より進まず、発信された情報の二次利用の課題が生じている。

謝辞 本研究は東北大学災害科学国際研究所2023年災害レジリエンス共創研究PJ「災害時における文化遺産救済を目的とした文化遺産マップの構築および活用の研究(研究代表者:吉森和城)」による。

【参考】

1)蝦名(2022)文化遺産防災における文化遺産マップの活用.

2)蝦名・川内(2024)文化遺産防災マップから推定する文化遺産の被害状況.

3)鈴木(2023)地理空間情報で文化遺産を保全する.

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