日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 515
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イギリス統治期の地籍資料を用いたインド北西部の山地土地利用分析
*山口 哲由月原 敏博
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抄録

【研究の背景】

 山地では標高に応じて多様な自然環境が形成されるため,標高帯ごとに多様な生産活動がおこなわれており,それらの相互関係に基づいて生業形態や社会が形作られてきたとされる。近年の気候変動や商品経済の浸透によって山地の人々の生活も変わりつつあるが,そのなかで人と自然環境との関係を捉えなおすことが山地の文化地理学の一つの課題となっている。

 筆者らは,インド北西部ラダックのドムカル村において2008年から土地利用や農業経済の調査をおこない,垂直的な土地利用の衰退とともに耕作放棄が進む状況を報告してきた。しかし,これらの変化は数十年前から生じていたとされ,元となった過去の土地利用を把握する資料に欠いていた。

 インドでは,パトワリという役職が村落のジャマバンディと呼ばれる土地台帳の記録を担ってきた。現在のラダックでも,パトワリは毎年村々を訪問しており,土地台帳を更新している。筆者らは,1908年のドムカル村の土地台帳と地籍図を入手し,これらに基づいて,かつての土地利用の分析を進めてている。

【調査地の概要】

 ラダックはトランスヒマラヤに位置し,一年を通して低温で降水量も少ない。ラダックの中央部にはインダス川が流れているが,村落はインダス川本流や支流沿いに分布して灌漑農業を展開してきた。ドムカル村はラダック西部のインダス川支流に位置し,集落は支流沿いに10kmにわたって細長く分布している。主な栽培作物はオオムギやエンドウマメなどで,近年はアンズや野菜の商品作栽培が拡大している。

 筆者らの2008-2012年のドムカル村調査では,支流の下部集落の世帯が上部集落に飛び地を所有しており,垂直性を軸とした農業が展開していたという聞き取り資料が得られた。しかし,そういった伝統的な形式は1990年代には失われており,2008年の時点でごくわずかしか確認できず,詳細は不明であった。

【土地台帳と地籍図】

 1908年の土地台帳と地籍図はウルドゥー語で記載されている。土地台帳には,村落単位や世帯単位での土地所有面積や租税額が記されている。世帯単位では,一筆ごとの土地の地番と面積,地目と作付け,灌漑水路の名称,租税額などがまとめられている。地目としては,等級別の農耕地,荒れ地,果樹園,牧草地のように分かれるが,現在では詳細の分からない分類も含まれる。地番は地籍図上の番号と紐づけられており,ドムカル村上部集落が01となり,以下,下流に向けて21までの区画に分かれ,区画内でも一筆ごとに二桁の番号が割り振られている。これらを組み合わせた四桁の番号で一筆ごとの位置を特定できる仕組みである。また,地籍図はイギリス統治期の測量技術を用いて作られており,非常に精度が高い。

【世帯単位での土地所有の再構成】

 土地台帳と地籍図は汚れや破損によって判読できない部分もあるが,大部分の世帯では当時の土地所有を確認できる。例えば,世帯番号09番のベサナ家は5km以上離れた中部と上部の集落に農耕地を所有・耕作していたと考えられ,伝統的な山地の土地利用形態を読み取ることができる。こういった資料と,2012年の調査に基づく耕作状況とを比較することで,近年の山地の土地利用や生業形態の変化を明確には把握できる。

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