日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: S605
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流域への土砂供給は土石流扇状地を介してどのように制御されるのか?
大谷崩における研究を通して考えたこと
*堀田 紀文
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抄録

1. はじめに

 山地において表面侵食や斜面崩壊によって流域に供給された土砂は,土石流や掃流砂,浮遊砂などのさまざまな土砂移動形態をとりながら流下し,やがて海に到達する.急激な土砂移動は土砂災害という形で人々の生活を脅かす一方で,土砂流出の過程で扇状地や段丘,三角州などが形成されると,そこは人々の営みの場所となる.

 大規模な崩壊地である静岡県大谷崩は,土石流が頻発する稀有な場所であり,これまでに現地観測に基づく精力的な土石流研究が続けられてきた.本発表では,大谷崩におけるいくつかの研究事例を紹介したうえで,流域における土砂の「コネクティビティ」について考えてみたい.

2. 研究対象地と方法

 大谷崩は静岡県安倍川源頭部に位置し,標高2000mの大谷嶺直下に広がる約180haの崩壊地であり,1707年の宝永地震で形成された.研究対象地は一の沢と呼ばれる約22haの支流と,その末端に位置する大谷大滝から下流に広がる扇状地である.地質は古第三期層の四万十層群に属し,砂岩,頁岩,およびこれらの互層によって構成され,平均勾配は約27度である.土砂の生産と運搬に明確な年周期が存在し,岩盤斜面の凍結融解で供給された土砂が,豪雨時に土石流として流出する.年降水量は約3400㎜である.

 対象地において,雨量観測と土石流のモニタリング,および地形測量を実施した.流域下流部左岸の観測サイトに雨量計とビデオカメラを設置するとともに,流域内に複数のインターバルカメラを配置して,土石流の発生~流下を追跡した.ビデオカメラはワイヤーセンサーをトリガーとしている.地形測量では,当初は地上レーザー測量にて,その後ドローンを用いたSfM-MVS写真測量により,解像度 10 cm の数値標高モデル(DEM)を作成した.

3. 源頭部での土石流の発生と扇状地での首振り

 対象地では,同一の降雨イベント内においても飽和土石流と不飽和土石流という異なる形態の土石流が発生し,その区分は単純に雨量や土石流流量だけで行うことはできない.地下水位の上昇に伴う斜面・渓床材料の安定解析から,不飽和・飽和条件下で土砂移動が生じる条件を力学的に求めた結果,斜面上の堆積物の勾配の空間分布を測定することで,飽和・不飽和土石流の発生を良好に区分できることが明らかになった.さらに,降雨「波形」が土石流の発生や規模に及ぼす影響と,それが流域内の堆積物の多寡によって変化することが示された.すなわち,土石流の発生は,降雨という外力と流域内の地形条件や堆積深という局所的な境界条件によって支配されていた.

 一の沢から流下した土石流は,扇状地で停止・堆積することもあれば,一気に下流まで流下することもあった.その違いは降雨や土石流規模では説明できない.扇状地DEMの時系列解析を実施したところ,土石流がいったん下流まで流下した後,後続の土石流サージが,複数の降雨イベントをまたぎながら,土石流流路を埋める形で停止・堆積域を遡上させていき,それが扇頂に到達した際に,別の方向に新たに流路を作りながら次の土石流が一気に下流に流下するというサイクルを有することが明らかになった.すなわち,扇状地上の土石流の挙動は,土石流の流入という外力と,扇状地形成サイクルがどのステージにあるか,という周期的に変化する境界条件によって決まることになる.

4. 考察とまとめ

 大谷崩一の沢源頭部における土石流の発生と,扇状地上での土石流の挙動は独立した別のプロセスによって生じていた.一の沢と扇状地の間にある大滝がニックポイントとして,両者を明確に分けていると考えられる.安部川流域への土砂供給という観点からは,それぞれのプロセスを丁寧に評価することが望ましいと言えよう.実際,国土交通省による近年の土砂・洪水氾濫の取り組みでは,各地において,上流~下流にかけての数十年スケールの土砂動態予測が施設配置などの対策に役立てられ始めている.

 大谷崩での研究は,流域での土砂のコネクティビティについて,さらに一歩進んだ示唆を与える.一の沢で大きな土石流が発生するような条件(雨と堆積物)の際に,扇状地でのサイクルが新たな流路形成のタイミングに一致したらどうだろうか?想定外に大きな土石流が一気に下流まで到達する,という事態が生じ得る.異なるリズムに支配された複数の現象が「たまたま」一度に生じるという意味でのコネクティビティは,土砂災害対策など,さまざまな局面で重要な視点になり得るのではないだろうか.

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