日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 611
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高知県山間部における巻き狩り猟の変容
*中島 柚宇
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抄録

はじめに

現代日本では現在,1970年代以来の狩猟者人口の減少に加えて,銃猟の縮小とわな猟の増加による狩猟形態の転換が見られる.前者は趣味的な狩猟者の減少を,後者は被害防除を目的とした新規狩猟者の参入をそれぞれ反映している.こうした状況の中現在懸念されていることの一つが,銃猟の中でもグループ銃猟の縮小である.グループ銃猟は野生動物管理の観点からも,狩猟文化の継承という観点からも,多面的な意義が指摘されている.しかし銃猟人口の減少の中で,各地のグループ銃猟は衰退に向かっている.これまでグループ銃猟に着目した研究では,ある時点の猟活動について,その多面的意義や活動継続における課題が示されてきた.一方で銃猟グループがどのように成立して現在の状況に至るのかを時系列的に把握した事例はあまり見られない.そこで本研究の目的は,グループ銃猟の現代における変容プロセスを明らかにすることとする.なお,本研究ではグループ銃猟のうち最も一般的な狩猟形態である巻き狩り猟を対象とする.研究対象地域は,近世の頃から伝統的に銃猟が盛んであった高知県の山間部とし,檮原町及び香美市の2つの巻き狩りグループを調査対象とする.巻き狩り猟に参加する狩猟者24名への半構造化インタビュー調査を行い,グループ全体の変遷に関する内容と,個人的な狩猟歴や狩猟に対する意識等について問うた.

巻き狩りグループの変遷及び狩猟者の活動歴

檮原町のグループは,1980年代以降檮原町でイノシシが多く目撃されるようになり,地元の狩猟者仲間が声を掛け合って組織した.その後20年ほど活動を継続していたが,2005年ごろからわな猟へと移行するメンバーが出た.高齢化によるメンバーの離脱もあり,徐々に活動が下火になり,現在ではほとんど活動していない. 香美市では,1990年代にまずイノシシが生息拡大し,地域にイノシシを対象とした巻き狩りグループがいくつか発生した.その後2000年ごろにシカが急速に個体数を増やし,有害駆除に対応する目的で巻き狩りグループが組織された. 狩猟者の活動歴を見ると,21/24名の狩猟者が家族や地元の友人・知人の影響を受けて狩猟に参入しており,23/24名がキャリアの最初は小物銃猟(鳥,ウサギなど)から始めていた.また,高知県山間部に伝統的に見られる小鳥やウサギを狙った小規模猟について,16/24名が幼少期に経験があると回答した.檮原の狩猟者が巻き狩り猟をやらなくなった理由は,メンバーのわな猟への移行と,積雪の減少が挙げられた.

巻き狩りグループの変容プロセス

 グループの成立段階に着目すると,檮原町及び香美市の両地域で,狩猟者を供給する地域的な下地,狩猟に親和性の高い文化が巻き狩り猟の成立に関係していた. 檮原町で活動が下火になっていった背景は,大きく2点挙げられる.1点は積雪の減少による猟場の環境変化である.檮原の巻き狩りでは,必ず積雪がある日に出猟するため,積雪日が減ると自ずと出猟回数も減っていった.もう1点は檮原町によるイノシシ捕獲への報奨金の設定である.捕獲にインセンティブが発生したことによって,より捕獲効率の高いわな猟に優位性を見出すメンバーが出てきた.また,わな猟は積雪があると困難になるが,積雪の減少によってやりやすくなり,このこともわな猟の優位性向上に寄与した. 一方,香美市では同じように獣害対策行政と関わりながら,巻き狩りグループそのものが有害捕獲班として組織されることによって,むしろ巻き狩り猟の活動が強固に維持されることになった.一般に銃猟が減少する要因は,法規制の厳格化,費用の高さなどが指摘されていたが,本研究の結果は,猟場の環境や行政施策との関わりなどが活動に影響を与えた可能性を示している.

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