主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2025/09/20 - 2025/09/22
1.はじめに 高等学校「地理総合」では大項目C持続可能な地域づくりと私たち(2)生活圏の調査と地域の展望が,この科目のまとめとして位置付けられ,1年間の学習成果を踏まえ,生徒が主題を設定して地域調査を実施し,生徒が適切にその方法を身に付けることが求められている(文部科学省,2018)。近年の地域調査に関する研究は,学習方法としてフィールドワークの在り方に焦点をあてた池(2022)や松岡ほか(2012),GISの活用に焦点をあてた橋本(2023),田部・郭(2021),教師教育としてフィールドワークを実施できる教員養成の手立てに焦点をあてた國原(2024),深谷(2023)などがみられる。新科目「地理総合」の在り方に関する議論や実践報告が進んだ一方で,「地理総合」履修後の生徒の姿(“ディプロマ・ポリシー”)については,学習指導要領の目標として示されているとはいえ,1年間の学習を終えた生徒たちに身に付いた資質・能力の視点から,その実態がどうなっているのかについての研究蓄積は極めて少ない状況にあるといえる。 首藤(2025)は,地理教育におけるシステム思考力を「地理システムコンピテンシー」として,「空間を自然環境と人間(社会)環境それぞれが持つ様々な要素の複雑な相互作用の結果(システム)としてとらえ,それらを記述・図化することで,空間の持つ構造と挙動を理解し,よりよい空間の在り方を論理的に議論したり,多面的・多角的に提案したりすることのできる能力」と定義した。この地理システムコンピテンシーを育むために,システム思考を年間計画の柱に据えた「地理総合」におけるカリキュラム開発とその評価を行っている(首藤,2025)。 本報告は,首藤(2025)で示されたカリキュラムを基に実践した1年間の学習のまとめに位置づく,「生活圏の調査と地域の展望」において,生徒たちが実施した地域調査の成果物から,1年間の学習の成果とそこから見えた課題について整理を試みる。2.地理システムコンピテンシーを働かせる「生活圏の調査と地域の展望」「生活圏の調査と地域の展望」を具体化するにあたり,単元「〇〇の街,◇◇」を開発し,実施した。第一次では,前勤務校の所在地周辺を事例として,学校周辺地域に関するイメージを表出させるとともに,各生徒がイメージする内容の違いから,まとまりをもつ「地域」の広がりには各個人の認知的な差異があることに気付かせ,地域調査における調査対象地域を定義することの重要性を確認した。第二次では,高校入試期間における1週間程度の休業期間を利用し,各生徒が家庭学習課題として,調査対象地域を選定し,地域調査を実施することとした。それぞれの発表タイトルは「〇〇の街,◇◇」の形式とし,調査対象地域の地域的特色を一言で表現させた。調査を進めるにあたり,①自然条件と社会条件のかかわり(人間-環境システム),②他地域との比較(地理的な見方・考え方としての「地域」),③他地域との結びつき(「空間的相互依存作用」),④歴史的背景や変容,⑤持続可能性の5つの視点を意識するよう指示した。調査方法は,主にインターネットによる情報収集であり,地理院地図等のWEB GISも活用しながら,調べた内容はスライドにまとめさせるとともに,地域構造図を作成させた。この地域構造図を基に,現在あるいは今後生じうる課題を挙げ,その課題の解決あるいは緩和に有効だと考えるアプローチを1つ以上示し,作図した地域構造図に書き込んで,システム的に考察させた。各自がまとめた結果はグループで共有するとともに,優れた成果物については教室全体で共有を行った。3.成果と課題生徒の成果物では,必要な地理情報をjSTAT MAPを用いて地図化したり,様々な統計資料を収集したりして地域分析を行うとともに,地理システムコンピテンシーを働かせながら地域構造図にまとめ,地域的特色とその背景,地域が抱える課題と解決の方向性を論理的に考察することができているものが多く見られた。これは,1年間の「地理総合」の学習を終えて身に付けた資質・能力が具現化した生徒の姿そのものである。一方,調査対象地域という空間を,調査者である生徒自身(一人称としての「私」)から見た空間分析に終始したものが大半で,多様なステークホルダーからの視点に立った分析は十分とは言えず,解決アプローチの提案が説得力に欠けるものも見られた点は,課題である。このマルチパースペクティブからの考察の弱さという課題は空間認識だけでなく,空間形成のためのシステム思考の重要性を示唆するものでもあると考える。