日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 637
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富士山周辺自治体におけるオーバーツーリズム対応と図書館の観光政策的活用に関する探索的研究
*吉井 潤
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抄録

1.研究の背景

 2021年7月から2025年6月にかけて,発表者は家族とともに,宿泊を伴う観光を目的として日本の47都道府県すべてを訪問した.主な訪問は全国852カ所に及び,地方公共団体としては204の市町村を含む.また,地域の文化資源として位置づけられる公立図書館については,合計140館を訪問した.訪問各地においては,報道等で指摘されている観光地におけるオーバーツーリズムについても観察を行い,混雑の顕著な場面とそうでない場面を確認した.

 地理学ではオーバーツーリズムに関する研究があり,武田ら(2025)は神奈川県藤沢市江の島を対象に,マルチエージェントシミュレーションを用いて混雑状況を再現し,緩和策の効果を検証した.また,大城(2018)は「民俗」や「伝統」が消費の対象となり,文化的意味や価値が再編成されていることを指摘している.

2.研究の目的

 富士山麓地域は世界文化遺産・富士山を擁する観光地であり,近年オーバーツーリズムが顕在化している.観光の質向上,地域文化の保全・発信,住民の生活の質向上を両立する「持続可能な観光地域づくり」が求められる. 

 そこで,本研究は,観光政策を担う地方公共団体の観光担当部署と,地域の知的基盤として機能する公立図書館の性質の異なる二つの公共機関に着目し,オーバーツーリズム対策および地域文化の発信に関する現状認識,具体的な取り組み,そして両者の連携の可能性と課題について,分析することを目的とする.

3.研究の方法

 本研究は,現地調査とアンケート調査を行った.現地調査は,2025年6月1日(日),2日(月)に実施し,対象地域として山梨県富士吉田市,富士河口湖町,山中湖村,忍野村の各観光地とそれぞれの図書館を訪問した.アンケート調査は,上記4地方公共団体の観光担当部署および公立図書館を対象とした.2025年6月5日(木)に調査協力の打診を行い,協力を得られた各観光担当部署および図書館に対して,調査票を送付した.回答期限は2025年7月8日(火)とし,回答を受領した.

4.調査結果

 現地調査の結果,写真撮影スポットにおける混雑の状況が顕著に観察された.特に,富士山を背景に撮影するために車道にはみ出して撮影を行う観光客の姿が,富士吉田市および富士河口湖町において多く確認された.各図書館では,観光客と見られる利用者の姿はほとんど確認されず,地元住民が静かに読書を行っている様子が見られた.

 観光担当部署へのアンケート調査の結果,対象となった各地方公共団体は,オーバーツーリズムを課題として認識し,具体的な対応策は,駐車場の整備,観光マナーに関する啓発活動が講じられていることが明らかとなった.富士吉田市は,観光の「量」的拡大のみならず,「質」や「経済的持続可能性」にまで問題意識を広げ,「知的好奇心を満たすコンテンツの造成」の必要性を強調していた.図書館の役割に関しては,各地方公共団体が,図書館を地域の「知」の拠点として評価していた.一方で,図書館が観光客の直接的な「受け皿」として機能することについては,多くの地方公共団体が否定的な見解である.観光と図書館との連携に関しては,図書館の静寂性が損なわれることへの懸念が挙げられた.

 図書館を対象としたアンケート調査の結果,観光客の来館は一定程度確認されたものの,その主たる利用目的は,Wi-Fiや電源の利用,休憩といった利便性に関するニーズが中心であり,図書館資料の閲覧や地域文化への関心に基づく利用は限定的であった.

 観光政策への関与や「学びの観光」の提供に関しては,図書館側は消極的な姿勢である.一方で,地域文化の発信拠点として,「郷土資料の収集・展示」などの取り組みを行っていた.観光との連携を進める上での課題は,図書館の静穏な環境と観光による賑わいとのバランスの確保,本来の利用者への影響に対する懸念を挙げた.

5.考察

 本調査により,観光担当部署は,図書館を地域の「知」の拠点としての潜在的価値を一定程度認識している.図書館側も地域文化の発信拠点としての自己認識は高く,「郷土資料の収集・展示」等に積極的に取り組んでいる.富士山麓地域におけるオーバーツーリズム対策は,観光の質的向上の視点から,図書館の「知の拠点」としての潜在力を最大限に発揮することが重要である.そのためには観光担当部署と図書館がつながり,情報共有,人材育成,静謐性と利便性の調和を図りながら連携を強化することが求められる.

文献

1) 武田和大・中山大地・松山洋 2025.MASを用いた観光地の混雑の再現と解決策の検討:神奈川県藤沢市江の島を事例に.2025年日本地理学会春季学術大会.2) 大城直樹 2018.「地域文化」の概念的整理と現象分析への展開.2018年度日本地理学会春季学術大会.

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