1.はじめに
介護サービスは対人サービスであるため、サービスの供給量は地域内の労働市場の状況に規定される。多様な就業選択の機会がある大都市ではサービス供給が不足しやすく、就業選択の機会が限定的な地方では充足しやすい。従来、そうした地方の介護事業所は、知人を介して雇用された、40代以上の既婚女性によって支えられてきた(加茂・由井2006)。加えて、こうした介護事業所は地域内の養成校からも一定の労働力を確保してきた(佐藤2020)。しかし、地方の介護事業所では、介護需要の増加と、養成校の募集停止や他産業での人手不足を背景に、労働力の確保が一層困難となっている。その結果、地方の介護事業所では労働力の多様化が進んでいる。すなわち、従来介護サービスを担ってきた女性とは異なるキャリアを有する女性や、男性従事者の割合が高まっている。養成校を介した採用ルートが縮小するなか、こうした多様な人材の採用は個人的なつながりをはじめとするインフォーマルなルートが活用されており、その重要性が高まっている。そこで本研究では、製造業に支えられてきた地方都市である大分市を事例に、多様化する介護労働力がいかに形成されたつながりによって確保されているのかを明らかにする。
2.対象地域の概要と研究方法
本研究では、協力を得られた介護関連職種従事者(介護従事者)9名に対するヒアリング調査を実施した。対象とした大分市は1964年に新産業都市の指定を受けたことを契機に発展した地方都市である。1960年に約21万人であった人口は1990年には約41万人まで急増した。しかし、リーマンショック以降、製造業が縮小し、若年層の県外流出が課題となっている。一方で、高齢化率は2000年の15.1%から2020年には27.9%まで上昇している。特に75歳以上人口は2010年から2020年にかけて約2倍に増加し、介護需要が急拡大している。他方、大分市内の介護士養成校からの卒業者数は大幅に減少している。
3.多様な人材が支える大分市の介護
対象とした介護従事者は、リーマンショックを背景とする経済不況や病気により前職を失った経験や、建設業や製造業での従事経験、学生時代にスポーツ活動を中心とした生活を送っていた経験、風俗産業での従事経験などを有していた。また、対象者のなかには幼児期に安定したアタッチメントを形成できない環境におかれていた者が複数含まれていた。彼/彼女らが介護業界に参入した経緯をみると、養成校を経由して就職している者は2名で、7名がインフォーマルなネットワークを介して介護業界に参入していた。
4.インフォーマルなネットワークの形成
建設関係の業界での勤務経験を有するA氏は、建設事業者退職後、廃棄物処理業者に従事していたが、勤務条件の不一致により退職を決めた。この際、廃棄物関連事業の顧客から、以前の勤務先である建設事業者が大分市内で介護施設経営に参入していることを知らされ、人づてで介護業界に就職した。この建設事業者は地方公共事業の縮減を背景に介護業界への参入を決め、役所と廃棄物処理業者との関係を利用して社会福祉法人格を取得し、市内で介護事業所を拡大させている。つまり、建設業界で構築されたネットワークが介護人材確保に活用されるとともに、こうしたネットワークを介して大分市内での介護サービス供給拡大が進められている。
他方、製造業に従事していたB氏は、リーマンショックの影響で、就業先が閉業した経験をもつ。その後、彼は、入院したことをきっかけに介護の道を志した。現在は施設経営者として介護施設を経営しており、建設業など他産業での就業経験を有する者を積極的に採用している。また、C氏やD氏はハローワークの実施する実務者研修を受講し、そこでのつながりを活用して介護業界に参入している。
これらを踏まえると、①建設事業者らが介護業界に参入する過程で構築されたつながりや②失業対策としての職業訓練でのつながりが介護業界の人材確保で重要な役割を果たしていることが明らかとなった。これらは、いずれも大分市の地理的特性と深く結びついており、第2次産業中心の地域経済が第3次産業中心へと転換する過程で形成されたものと考えられる。すなわち、製造業に支えられてきた地方都市が直面する変化の中で、新たに創出されたインフォーマルなネットワークが、地方の介護人材供給において重要な機能を果たしているといえる。