日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: S708
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採集によってつくられる植生景観:トチノキ巨木林の成立を事例に
*手代木 功基藤岡 悠一郎
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抄録

はじめに

日本の植生の大部分は,何らかの形で人びとの暮らしと関わって形成されている.植生と人間活動の関わりを検討するために,地理学では用途や機能に着目して植生を分類し,その利用や分布・変化などが検討されてきた.例えば防風林や農用林,薪炭林などに関する研究が行われてきた.こうした植生の一つに,食資源の採集の場として維持されてきた「採集林」がある.採集活動に着目した人文地理学的な研究はみられるが,採集活動によってつくられた植生の成立過程や立地環境に着目した研究は限られている.本研究では,滋賀県高島市朽木地域のトチノキ(Aesculus turbinata)の大径木がまとまって生育するトチノキ巨木林の成立を事例として,採集林を(植生)地理学が検討する意義を述べる.

方法

調査地は巨木林が分布する朽木地域の一集水域である.調査は,出現樹木の胸高直径の測定や地形計測などの自然地理学的な手法と,自然資源利用に関わる聞取りなどの人文地理学的な手法を組合せて実施し,成立に関わる諸要因を検討した.

結果と考察

調査対象地における植生・地形調査から,トチノキの巨木は谷底から一定の高さに生育していることが明らかとなった.また,トチノキの巨木は,小・中径木と比べて谷の上流部に分布が偏っていた.これらはいずれも大規模な地形撹乱を受けにくい場所であり,数百年の時間をかけて成長したトチノキは,こうした特定の立地環境で巨木林を形成していた.聞取り調査からは,トチノキは食用となる実の採集のために選択的に残されてきたことが明らかになった.また,トチノキは炭焼きに不向きな樹種であるため,周辺の山林が薪炭林として利用されてきたなかで伐採されない場合も多かった.実際に巨木林の周辺植生は,人為の影響を受けた二次林や人工林であった.結果をもとにトチノキ巨木林が成立する条件に着目すると,地形面の安定性などの自然環境要因とともに,実の採集のための選択的な保全や他樹種に対する定期的な撹乱といった地域住民の自然資源利用が影響していた.すなわち,採集林としてのトチノキ巨木林の成立には,採集活動に加えて環境条件や周辺植生の動態など複数の要因が関わっているといえる.

おわりに

世界的に巨木が減少している中で,採集活動のために残されてきた朽木地域のトチノキ巨木林は貴重な存在である.現在,朽木以外の地域にも採集林としてのトチノキ巨木林が複数残存していることが明らかになりつつある.採集林は,採集や伐採に関わるルールが設けられているなどの特徴がみられるため,環境要因や資源利用だけでなく,地域の社会制度などを含めて植生動態を考える必要がある.したがって採集林の成立を検討するためには,植生に関わる個別領域的な自然科学にとどまらない,領域俯瞰的な地理学によるアプローチが重要となる.

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