I.はじめに2019年の令和元年東日本台風(台風19号)では,水害を主とする甚大な被害が広域的に発生し,全国の避難者は最大23.7万人,災害関連死を除く死者・行方不明者も107人に至った.大規模な台風による被害が数日前から予測されているにも関わらず,早期に避難しなかった(あるいはできなかった)ために犠牲になった人々も多くいた.田中ほか(2021)では,水害被災地域を事例に事前避難促進要因を明らかにした.その後,一部地域の住民を対象として,将来的に発生しうる水害時に備えて,事前避難を促進させるべく,多方から協力を得ながら取り組みを展開した.本発表では,産官学民が連携して,水害被災地域を対象に実施した防災・減災に関する研修等の活動と,得られた成果や課題について報告する. Ⅱ.対象地域対象地域は,茨城県水戸市の都心から5kmほど北西に位置する圷渡里(あくつわたり)地区である.同地区は蛇行する那珂川沿岸の約1km2の低地(標高6~11m程度)にあり,農村的景観が保たれている.自然堤防の微高地を中心に約150戸が点在し,相対的に低い土地は主に水田に占められ,兼業農家も多い.過去に何度も水害を被った経験があるが,令和元年東日本台風では,従来の水害とは異なる上流側堤防からの越水が発生した.同地区は標高30mを超える東茨城台地に接しており,高所への避難は比較的しやすい条件にある. Ⅲ.経緯茨城大学の「令和元年度台風19号災害調査団」(茨城大学 2021)による調査活動をきっかけに,圷渡里地区において水害対策を積極的に考える住民らとの関係が構築された.茨城大学水戸キャンパスの隣地には,圷渡里地区の氏神である笠原神社があり,そこには,1938(昭和13)年に発生した同地区の甚大な水害の様子を記録した災害伝承碑「戊寅水難之記」(つちのえとらすいなんのき)がある.刻字の一部も欠け始めており,後世への保存を目的として,住民らからの声かけで茨城大学の教員・学生も参加して,共同で伝承碑の苔を除去し,拓本とりを行った. Ⅳ.取り組みの内容住民らとの活動が進むなかで,日本原子力発電株式会社による地域防災活動への支援協力を受ける機会を得た.国土交通省常陸河川国道事務所や水戸市防災危機管理課の協力を得つつ,地区住民への防災・減災に関する研修会を複数回にわたり開催した.主な内容として①「戊寅水難之記」の読み下しによる1938年の水害の説明,②令和元年東日本台風における避難要因の説明,③1938年と2019年の水害の浸水状況をGISで再現した3Dシミュレーション動画で説明,④シミュレーション動画に基づく避難の注意点の共有,⑤水害発生を踏まえて準備行動を事前にスケジューリングするマイ・タイムラインの作成,を実施した. 謝辞 本発表内容は筆頭発表者が2023年3月まで在籍していた茨城大学と日本原子力発電株式会社との「防災・減災に係る研究及び啓発活動等の実施事業」(2020年12月~2023年3月)の一部である.現地調査においては,茨城大学人文社会科学部「社会調査演習Ⅱ」の受講生の協力を得た.本成果は, JSPS科研費JP23K22037,23K00984,東京大学空間情報科学研究センターとの共同研究(研究番号1242・1243)の成果の一部である. 文献茨城大学 2021.茨城大学令和元年度台風 19 号災害調査団最終報告書. https://www.ibaraki.ac.jp/uploads/hagi2019_research_finalreport.pdf (最終閲覧日: 2025 年 1 月 10 日)田中耕市・若月泰孝・木村理穂・伊藤哲司・大塚理加・臼田裕一郎 2021.地理的条件を考慮した災害からの事前避難促進要因の分析―2019 年台風第 19 号水害における茨城県水戸市を事例として―.E-journal GEO 16: 219-231.