日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: S306
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東日本大震災にかかわる津波避難と防災教育の振り返り
南海トラフ地震を始めとする津波避難対策の今後も展望して
*岩船 昌起
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抄録

Ⅰ はじめに

 本発表では,東日本大震災にかかわる津波避難と防災教育を振り返り,津波到達時間が短い津波が想定される地域での防災教育実践事例を紹介しつつ,南海トラフ地震を始めとする津波避難対策の今後を展望する。

Ⅱ 東日本大震災時の津波の概要

 岩手県の沿岸では,2011年3月11日14時46分頃の地震発生から30~50分後で津波の最大波が到達している(気象庁2011等)。津波により浸水が始まり,「高台への立退き避難(以降,高台避難)」が困難になり始めた時間が,防潮堤の有無や高さ等にもよるが,地震発生から概ね20分後以降と推測される。津波は,外洋に面した半島海側等では20~30 m程度まで遡上し,湾内では,湾の形状にもよるが,10m弱~20 m程度の高さであった(気象庁2011等)。岩手県では,沖積平野等の低標高地に住家を構える多くの住民は,大半が「高台への立退き避難(以降,高台避難)」を行い,逃げ遅れ等による一部が住家2階等への「垂直避難」で助かった。

Ⅲ 東日本大震災時の津波避難行動の特徴の一端

 東日本大震災時の津波避難では,浸水(想定)域に脱するまでに,地震発生から概ね20分かそれ以上の時間的な猶予があったことが,避難条件の一つとして挙げられる。その間,避難すべき人間は,さまざまに行動している。例えば,岩手県山田町での避難行動の記録では(山田町2017),地震で怖くて抱き合う・じっとしている等,立退き避難時の衣服・携行品等の選択,家族・親戚の安否確認や送迎等,後片付け等の家の管理,沖出しを含む船の管理等が確認できる。

 一方,青森県から千葉県までの6県62市町村の津波浸水被害者2,768人を対象とするヒアリングでは,津波最大波到達直前の避難での移動手段として,車51.2%,徒歩46.4%,自転車1.1%,バイク0.6%,その他0.8%であった(国土交通省2013)。

Ⅳ 津波防災教育の展開

 東日本大震災の発災時,釜石市鵜住居で釜石東中学校生徒と鵜住居小学校児童等による高台避難にかかわる一連の行動は,“釜石の奇跡”として紹介され(いわて震災津波アーカイブHP等),津波避難行動の模範例とされている。気象庁でも,動画「津波からにげる」(気象庁2012)が作成され,全国の小中学校等での出前講義で活用して,津波避難時には高台避難を行うべきことが強調されいる。

Ⅴ 波源が近いあるいは既に到達している津波の危険性からの避難事例

 2022(令和4)年1月15日トンガ沖海底火山大噴火に伴う潮位変化時に,16日0時15分に津波警報が発表され,奄美市役所職員の概ね4分の3が路上を経由した「立退き避難系の避難」を行っている(岩船2022)。この時の「津波避難警報」は,最大3mの津波を想定し,津波が「既に到達」した状態であったため,避難経路において,標高2~3mの海沿いの低地の路上が最も危険であった。

Ⅵ 令和6年度 内閣府・喜界町「地震・津波防災訓練」

 喜界島では,完新世に,概ね1.0 ~ 2.1 ka間隔で4回の地震隆起が認められている(Sugiura et. al. 2003)。また,1911年6月15日に喜界島東方沖でM8.0の地震があり,津波の詳細は不明だが,喜界島赤連では遡上高8.0mとの記録が残る。

 令和6年度内閣府・喜界町「地震・津波防災訓練」では,①平常の状態で地震に見舞われてから何分で自宅を出られるか,②徒歩に限定せず,「実際に選択する移動手段」で避難してもらい,後のワークショップで,想定される津波到達時間数分との関係から避難行動を振り返ってもらった。1911年地震で発生するL1津波では屋内安全確保で身を守れる可能性が高いが,地震隆起を伴う概ね1.0 ~ 2.1 ka間隔でのL2津波では,有識者として「必ず助かる避難行動」を提示できず,高台避難と屋内安全確保および垂直避難で考えられる状況を説明するにとどまった。最終的には自宅や避難経路の標高等にも基づき,住民自身で避難方法を選択するしかない現状を伝えた。

Ⅶ 南海トラフ地震の津波での被害を減じるために

 南海トラフ地震による津波到達時間の想定は,津波高5mの最短到達時間が静岡県4分,和歌山県4分,三重県7分等と極めて短い(内閣府2012)。発生する津波の高さや到達時間,発表される津波警報・注意報の種類,自宅や避難経路等の標高,移動手段,自宅がある集落の道路状況等を,ワークショップ等を通じて,個人レベル(パーソナル・スケール)で総合的に把握して,個々に避難行動を熟考しておくべきであろう。

<謝辞>本研究は,科研費基盤研究(C)(一般)「避難行動のパーソナル・スケールでの時空間情報の整理と防災教育教材の開発」(1 8 K 0 1 1 4 6)の一部である。

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