主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会春季学術大会
開催日: 2025/03/19 - 2025/03/21
1.はじめに 災害対応において地理空間情報は不可欠な情報になりつつある。地理学では災害の要因となった現象を広範囲において迅速にマッピングし、その全体像を可視化することで、被災地域の把握や災害対応に資する情報を提供してきた(松多ほか 2012; 後藤ほか 2020; 岩佐ほか 2023など)。また、河川の氾濫による大規模な浸水被害が生じた際には、国土地理院により浸水推定図が作成されてきた(吉田 2018)。2024年8月27日に非常に強い勢力となった台風第10号は、30日昼過ぎにかけて大分県を横断した。台風の最接近に先行して、29日朝には線状降水帯が発生し、大分県由布市の湯布院観測点では451.0 mm(8月最多)の日降水量を記録する降水量となった(大分地方気象台 2024)。この大雨により、由布市を流れる大分川水系の一級河川宮川などで浸水被害が発生した。発表者らが所属する大分大学減災・復興デザイン教育研究センターでは、大分県との災害対策に係る連携協定に基づき、大分県庁において8月28日から8月30日の期間で災害情報活用プラットフォームEDiSONを活用した災害対応支援を行なった。本発表では、令和6年台風第10号に伴って大分県で発生した浸水被害において、浸水推定図を活用した災害対応支援の過程について報告する。
2.災害対応支援における浸水推定図の作成 宮川周辺の浸水は8月29日朝に発生した。夕方までにSNSに被害状況の画像が投稿されたため、画像をもとに浸水範囲を推定した。ただし、この時点では投稿数が少なく十分な情報を得ることができなかった。30日朝には、災害時におけるドローン活用に関する協定に基づいて、地元業者からEDiSON内の機能を通じて空撮映像が提供された。映像を判読することで浸水範囲を精緻化するとともに、推定される浸水深の分布を示した浸水推定図を作成した(図1)。浸水推定図を作成では、1)SNSの画像の位置を特定し、浸水深や浸水限界に基づいてその地点の浸水面の標高を5 m DEMを用いて取得した。また、2)上述の浸水推定範囲の外周線の標高を取得した。1)と2)を勘案して浸水範囲における浸水面の標高を推定し、5 m DEMの標高値を差分することで浸水深を算出した。一連の作成方法は試行錯誤によるものであるが、結果として吉田(2018)と同様の手順となった。作成した浸水推定図は大分県および由布市に提供した。
3.浸水推定図の妥当性 8月31日には、被害状況の把握および作成した浸水推定図の妥当性を検証するために現地調査を行った。現地では浸水痕跡の高さを計測し、浸水推定範囲の最北端に位置する集落で最大1.1 m、南西端に位置する集落で最大0.8 m、最南端で最大1.8 mの浸水が生じたことを確認した。現地調査結果と浸水推定図を比較すると、浸水深の大きな傾向は一致しており、速報としては妥当な推定を行うことができていた。一方で、浸水推定図では0.4 m過剰に浸水深を推定していた。これはSNSの画像を用いた浸水深の推定が誤っていたためである。そのため、現地調査に基づいて修正した浸水推定図を由布市に提供した。
4.浸水推定図作成の意義 吉田(2018)は浸水推定図の作成が、被害状況の迅速な把握に資するとしている。本事例でも、地理的な条件に密接に関わる災害の被害状況を地理空間情報として可視化することは、状況の迅速かつ直感的な把握に繋がったと考えられる。また、作成した浸水推定図は被害のアーカイブとしての役割も有すると考えられる。宮川周辺では令和2年7月豪雨でも浸水被害が発生しており(大分県災害対策会議 2020)、繰り返し浸水が生じる地理的条件を有する。作成した浸水推定図は災害の状況を視覚的に示したものであり、防災啓発等で活用することで将来の被害軽減にも資すると考えられる。
文献:松多ほか(2012)E-journal GEO 7(2).後藤ほか(2020)広島大学総合博物館研究報告 12.岩佐ほか(2023)2024年日本地理学会春季学術大会発表要旨集.吉田(2018)日本リモートセンシング学会誌 38.大分地方気象台(2024)災害時気象資料.大分県災害対策会議(2020)令和2年7月豪雨災害大分県復旧・復興推進計画(由布市).