日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 933
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ペルー、ナスカ台地上面の過去2000年間の地形プロセス
*阿子島 功
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抄録

約2000―1500年前に描かれた地上絵を指標にして扇面の地形プロセス、地上絵の線に関わるAv層の観察について述べる。この地区の特性を下線部で示す。

1 隆起扇状地台地の年代論 ナスカ盆地は西アンデス山脈の前縁帯盆地であり、中新世ピスコ海盆(延長300km、幅数10km)に起源をもつ第四紀の構造盆地である。ナスカ台地は、ナスカ盆地の東北部を占める隆起扇状地台地であり、高度500~300m、延長15km、開析谷底との比高100mである。その北側の開析谷沿いに約30m低い段がついている。礫表面の風化被膜に差はない。台地礫層の直接年代資料はないが、北15kmのパルパ盆地の上位の台地面(高度600~400m)の10Be法による年代が約100万年前、下位面が約20万年前(Hall et al,2008)で両者の比高は20mである。高度・連続性・開析度によってナスカ台地の上・下位面に対比されるが上位面を約100万年前とするのは(下位面との20mの比高を生ずるのに80万年間となり)過大であり、隆起量から数10万年前ではないか。ナスカ台地を構成する扇状地礫層の最大層厚は約100m、扇央北縁では鮮新世(?)の 未固結細粒砂層にアバットしている。礫層の起源はアンデス山脈西斜面である。なお、ピスコ堆積盆の北部の台地面は基盤岩が未固結海成砂層であるため礫が生産されず、台地上面が侵蝕面で砂漠となっている。中新世ピスコ層は少なくとも厚さ数100mは削剝されているであろう。ナスカ台地の南側のマホエラス川より南の台地の上面は東側丘陵に発する小河川群の扇状地面となっており、稀ではあるが短時間強雨によって生ずる洪水時には砂・シルトが広く堆積する(alluvial fanであるが同義でpedimentと記載されていることが多い)。

2 地上絵が描かれた地形面  大型の図像と種々の幾何学図形の地上絵はナスカ台地の北東部に集中しており、浸食に対して安定した地形面が選択されている。この地形面は波状で起伏は小さく(2m格子DEMで5-10cm等高線図表現が可能)、緩い尾根型斜面では2000―1500年前の地上絵の線(深さ数~20cm程度)のほとんどが保存された面上の集水域は限られるので河川浸食は軽微であり、浅い谷底面のうちの河流跡でのみ地上絵の線が不明瞭となっている。現代の4輪車の轍や馬車の轍(単独の深い平行線、細く浅い無数の線が帯をなす)は 浅い谷底面のうちの河流跡に切られるが、その深さは地上絵の線の場合とほとんど変わらないから、下刻深さに差はない。

3 地上絵のカンバス―― desert pavementとAv層

台地上面は 礫原 desert pavementである。露頭でみる扇状地砂礫層中にレンズ状砂層もあるが地表に露出すれば風で除去されるであろう。個別の礫は赤黒い被膜desert vanishで覆われているため扇面全体が赤黒くみえる。礫の上面と下面では皮膜色調に差があることから、礫は万年単位で動かされていない。赤黒く風化した礫の層準(厚さは数石未満)の直下に明色の細砂・シルトで充填された層準(vesicular A soil horizon, Av層)があり、暗色皮膜礫の層準を除去・荒らすことによって地上絵(線・面)が描かれている。

4 風成層  風成砂の起源は北西50kmの海浜から台地に吹き上げる列状砂丘および段丘崖の第三紀層の砂層であるが、地上絵が覆われて見えにくくなっているのは海岸から20kmまでであり、ナスカ台地に旺盛な風成砂は到達しない。ナスカ台地では日常的に午後に強風が吹くので、積もってもごく薄い風成砂が循環している。風で礫が動かされることはないから地上絵の線は消えない。

5 地上絵の線  マリア・ライヘによって図像の地上絵が始めに記録されたとき線は箒で清掃された。その後、主たる図像は文化庁(現・省)によって箆によるなぞり書きが行われている。現在、地上絵の線には雨水で溶かされた風成層(砂・シルト)が堆積しているところが多く、そのため線はより明るく強調されて見える。風成砂が雨水で移動した根拠は、広がり、細礫の移動跡、乾燥割れ目が観察されることである。無数にある直線は加工されていないので指標にできる。

6 Av層と降雨  Av層の成因には諸説あるが、それぞれ形成環境が異なっているのであろう。この地区では 緩んだ礫層表層の隙間に雨水で溶かされた風成砂が入り込んで固結したものと考えられ、稀なる降水の作用が欠かせない。Av層は浸透を妨げるので当地のAv層の層厚は飽和・平衡状態になっているのではなかろうか。

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