主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会春季学術大会
開催日: 2025/03/19 - 2025/03/21
1. はじめに 気候や季節とそのサイクルの地域差は,日本とドイツなど明瞭な四季を持つ中緯度域の間でもかなり大きい。前回(2024年秋)の大会でも述べたように,「自分たちにとっての当たり前」とは違う気候環境や歴史,文化,価値観の存在への気づき,いわば「異質な他者」との出会いは,ESD (Education for Sustainable Development) 全体の根底としても重要である。例えば「同じ名称の季節でも,気候や季節感,それらに関連した人々の感情等の地域的違いが如何に大きいか」を発見する学習も,そのような「異質な他者」との出会いの絶好の機会となり得る。 上述の観点から,本グループは日本やオーストリア・ドイツ付近(以下,単に「ドイツ付近」と記す),北欧などを例に,気候と音楽等との連携による授業実践も含めた学際研究を重ね,それらの成果を加藤・加藤(2014,2019『気候と音楽』)等でも体系化するとともに,ドイツ付近で特別な季節とされる「春・5月」の気候と歌に注目して,大学で学際的授業の実践研究も行なった(加藤他2023, 2025。2024秋の大会でも紹介)。本研究では,「異質な他者との出会い」へ誘う授業実践例の蓄積を更に増やすために,ドイツの「夏」の九州〜関東との気候の違いとシューベルト(Franz Peter Schubert)作曲の歌曲《春に》(Im Frühling)(詩:シュルツェ(Ernst Schulze))の鑑賞を絡めて,大学で学際的授業を行なった。今回はその報告を行う。2. 授業の概要 岡山大学教育学部では,教科横断的授業の一つとして,集中講義「くらしと環境」(計4日間)を加藤内藏進が主担当として開講している。2022年度からは,長岡もゲストとして毎年参加し,ドイツ付近の「春・5月」の気候と歌に関する学際的授業も行なっている(2024年秋の大会で発表)。2022年度には,その一環として,ドイツ付近の「夏」の気候の解説も踏まえて,シューベルトの歌曲《春に》の鑑賞も行なった。3.日本との比較の視点で見たドイツ付近での「夏」の気候 ドイツ付近の気候に関する授業では,本グループによる解析図など(加藤・加藤(2014,2019),加藤(2023),加藤他(2019,2023,2025),等)を改変し,教材として提示した。 ドイツ付近では,日平均気温-7℃〜-15℃程度の「極端な低温日」が4月頃にはやっと現れなくなり,逆に5月頃には,ドイツ付近の「真夏」に近い高温日も時々は現れるようになる。しかも,ドイツ付近の真夏に対応する6〜8月頃には,平均気温が20℃程度と九州〜関東に比べてかなり低いだけでなく,日々の気温の大きな変動の中で,日平均気温が10〜15℃程度しかない日もしばしば出現する。しかも,そのような「夏」が5月・6月頃から8月頃まで続く点が注目される。 一方,夏のドイツ付近では降水日数や雷日数は多いが,総降水量や「降水日1日あたりの降水量」は,九州〜関東の梅雨期や盛夏期に比べてかなり少ない。「一過性だが激しい降水」の起きる頻度の季節的な増加も反映した可能性があるが,今後具体的に調べる必要がある。なお,気候学的な可降水量も,九州〜関東付近の盛夏期に比べ,ドイツ付近では8月でもその半分少々しかない(気象庁HPのJRA-55アトラス)。4.シューベルト《春に》の表現に関する授業での注目点 この曲は,ほぼ同じメロディを3番まで繰り返しながら,1番,2番,3番と伴奏形等を変えていく,いわゆる「変奏有節歌曲」に分類される。1番,2番の歌詞は,春の日に,かつて恋人(彼女)と過ごした丘の斜面に座って,春の情景を見渡しながら,過ぎ去った恋の思い出が歌われる。特に2番では,右手の16分音符による美しいアルペジオ(分散和音)を交えたピアノ伴奏が印象的である。そして3番の前奏から短調に転調し,彼女との恋が破れた苦しみが歌われる。しかし,3番の後半では,長調に戻り,しかも,2番で用いられた上述の伴奏形が再度現れる。そして,「おお,せめて私が,あの丘の斜面の草原にいる小鳥だったら,そうしたら,そこの木の枝に留まって,夏の間じゅう,ずっと,あの人との甘い思い出を偲んで歌い続けるのだが。夏の間じゅう,ずっと(筆者訳)。」と歌われる。 この曲の演奏や鑑賞の際に,ドイツ付近でなく,九州〜関東の「夏」を思い浮かべると,3番の「夏の間じゅうずっと」の情景や情感がかなり違い得る。従って,その違いを想像することは,「異質な他者への理解」への一つの切り口になり得ると考える。そこで,その違いをどう想像するかを,2022年度の授業に関する最終レポートの小問の一つとして課した。本講演では,それに関する学生の記述内容の分析結果についても簡単に紹介したい。