日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 431
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出水平野におけるツルと人々の共存と地域博物館の役割
*淺野 敏久
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抄録

出水平野は,ナベヅルやマナヅルなどの越冬地となっており,ツルと地域の住民とは関わりながら暮らしてきた。第二次大戦後にツルとその渡来地が特別天然記念物に指定され,保護対策が進むと生息数が増え,現在は1万羽を超えるツルが大陸から渡ってくる。

 2022年11月に,出水平野の一部が日本国内で53番目のラムサール条約湿地に登録され,出水市は新潟市と並んで国内初のラムサール条約湿地自治体に認定された。

 本研究では,出水平野のツルに注目し、関連する諸主体の立場や相互関係を把握し,合意形成がいかに図られているかを明らかにする。加えて,その過程において博物館が果たしている役割を論じる。

 出水市は,鹿児島県北西部に位置し,面積330km2,人口約5.2万人の地方都市で,農業に関して,経営体数では稲作農家が多いものの,養鶏業が盛んである。沿岸部ではノリ養殖が行われている。

 渡ってくるツルは,ナベヅル,マナヅル,クロヅル,ナベグロヅル,カナダヅル等である。ナベヅルは世界の8割,マナヅルは世界の半数の個体が,出水平野に渡ってきている。

 出水平野におけるツル保護の歴史は古く,1921年に天然記念物指定を受け, 1952年には,「鹿児島県のツル及びその渡来地」として特別天然記念物指定を受けている。1963年に人工ねぐら1.5haを設置し,農作物被害を食い止めるためのツルに給餌を開始した。1972年に給餌場として冬季に水田の借上げを始めた。渡来数が増え,農家からの被害補償要求が強まり,食害対策事業が導入された。2021年には「出水ツルの越冬地」がラムサール条約湿地に登録され,同時に出水市がラムサール条約湿地自治体に認証された。

 ツルの保護に関して,越冬期の出水平野への一極集中の解消や鳥インフルエンザ対応は喫緊の課題であるとともに,市民の理解や協力を得るために,地域社会・経済への波及効果の引き出しを見える形で展開することが求められている。

 ツルとの共存に関わる関係者として,まず,行政では国(文化庁,環境省,農水省など),県(教育委員会,環境部署,農業部署),市(教育委員会,観光部署,農業部署,ラムサール条約対応部署など)がある。農家に関しては,保護区に土地を有する農家と,保護区外の近隣農家,養鶏業者は,異なる観点からツルとの関係を有する。養鶏では,畜産企業が畜産農家を組織化しており,防疫面で当事者の前面に立っている。保護区に渡ってくるカモによる養殖ノリの食害も深刻である。また,長年にわたるツルの羽数調査では地元の小・中学校の生徒の役割が大きく,子どもたちの調査結果がツル保護の基本的な情報になるとともに,ツル調査に地域の住民が3世代に渡って関わってきたことが,ツル保護に対する住民の意識形成に大きな意味をもっている。

 出水市におけるツルに関わる論点は,大きく,鳥インフルエンザの防疫に関わることと,観光などの地域活性化に関わることがあり,登場するステイクホルダーが登場する。それぞれにおいて,重要な役割を果たしている場所が,出水市ツル博物館(クレインパークいずみ)であり,職員がキーパーソンである。ツル調査を組織し,指導しているのは,博物館の学芸員であり,普及啓発活動の中心でもある。防疫の協議においてもツル保護の立場の中心人物となっている。ツルの監視組織やエコツーリズム団体らの対外的な窓口も博物館が担っている。また,環境省の出先機関は博物館内にあり,鹿児島県のツル保護会の事務局も博物館内にある。ラムサール条約登録に向けて新設された出水市のラムサール推進室は博物館内に置かれ,室長が博物館長となっている。

 ツルとの共存に関して,さまざまなステイクホルダーが存在し,その調整を図らないと,共存のバランスは崩れてしまう。出水市は,その調整に関して,博物館が重要な機能を果たしている事例となる。このことは,出水市に限らず,ラムサール条約湿地や自然公園などのビジターセンターが担いうる機能であり,報告者が関わるエコミュージアム運動において,コア博物館のあり方を模索する上でも大いに参考になる。

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