主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会春季学術大会
開催日: 2025/03/19 - 2025/03/21
近年、3次元計測技術とその可視化技術の進展と普及により、景観や文化財といった3次元データの活用可能性が大きく広がっている。このようなデータは地理教育やアウトリーチ活動において高い効果を発揮し、学校や博物館に限らず、地域社会や観光客へのアピール手段としても注目されている。3次元データを活用することで、デジタルとアナログの両手法を組み合わせたインタラクティブな学習体験が可能となり、自然景観(地形・水や生態系など)や文化景観(里山や遺跡など)の地理的特徴や歴史について、より深い理解を得ることができる。たとえば、学校教育では、総合的な学習の時間に3次元データを用いた視覚的に豊かなコンテンツを授業に取り入れることができるうえ、地形模型の製作や3Dプリンタで出力した模型の触察を通じて、触覚を伴う記憶を生徒に提供することが可能である。これにより、より魅力的かつ効果的な教育環境を構築できると考えられる。しかし、日本の学校教育において、定められたカリキュラムのなかで革新的技術を駆使した授業を構築することは簡単ではなく、現時点では実験的な試みを重ねる必要があると考えられる。
没入型バーチャルリアリティ(VR)は、多様な自然環境に関わる自然地理学を教えるための革新的なツールとなり得る。VRは、従来は工学的・物流的な視点で活用されることが多く、多くの人がアクセスできない場所の視察や体験を仮想空間を通して伝達することが行われてきた。すなわち、VRは物理的な制約を超えて、現地の状況を仮想的に探索することを可能にし、現地に居なくとも代替的な体験を提供する。その潜在的な可能性にもかかわらず、地球科学・地理学に焦点を当てたVRを用いた講義の実施は、ほとんど未開拓のままである。本研究では、事例研究として、インターナショナルスクールのミドルクラス(中学生レベル)を対象とした、地すべりや自然環境に関する総合的な講義を実施した。一般的な口頭による講義に加えて、VRを用いた講義や地すべりの現場を体験する時間を設け、VRの使いやすさと動機づけの影響を調査した。多様な文化的・教育的背景を持つ約60名の生徒が参加した。その結果、VRの有用性、すなわちVRは生徒を惹きつけ、満足感を与えることができることが明らかになった。従来の教育方法と比較して、VRは興味、楽しさ、自然現象の認知を促進する点で優れていた。一方、時間的制約や人数に対する機材の不足などにより、VR体験が充分に行き渡らないといった課題もあった。
本研究は、自然地理学教育におけるVRの実践的な導入に関する知見を提供し、多様な学生グループにとって自然地理学のトピックをより身近で魅力的なものにする可能性を示した。今後の研究では、VRの機器やコンテンツの準備といった課題への対処や、VRによる動機づけを強化するための方策を探求するとともに、日本の学校教育の枠組みへの調整方法を検討することで、自然地理学の教育環境におけるより広範な導入をめざす。