航空写真は1930年代から全世界で本格的に撮影され、一般に解像度が数メートル以下と高く、鮮明な画像である。衛星画像が撮影され始めたのが1972年で、2000年ごろまで数十メートルの解像度でしかなかったことを考えると、航空写真は20世紀の土地利用・土地被覆の変化を高解像度でたどることができる唯一の画像データということができる。特に、本研究の対象とする東南アジアについては、20世紀に土地利用や植生がどのように推移してきたかという点がほとんどわかっていない。航空写真を活用すれば、この点を明確にすることができるはずである。にもかかわらず、その利用は衛星画像と比べて、はるかに遅れている。この原因の一つに、航空写真のオルソ幾何補正の作業が煩雑で時間がかかることが挙げられる。オルソ幾何補正とは、写真を地図と同様の正射画像に変換し、座標系に位置付ける作業のことをいう。航空写真をGIS上で現在の地図や幾何補正された衛星画像(Google Satelliteなど)上に位置付け、過去の集落や耕作地の位置や面積を把握するには、オルソ幾何補正が必須になってくる。しかし、そのための従来の手法はいずれも手間暇のかかるものであった。そのため、広域にわたる数十枚以上の航空写真の補正は、人海戦術的な方法に頼る以外になかった。 この問題を克服する技術として注目されるのが、SfM多視点ステレオ測量(Structure-from-Motion /Multi-View Stereo Photogrammetry)である(早川ほか2016)。これは多数のステレオペア画像から対象物の3次元形状データを得ることができる写真測量技術である。2010年代に急速に普及し、おもにUAV(ドローン)や手持ちデジタルカメラを用いた地形や地物の3次元モデル生成に利用されている。この技術を用いれば、ステレオペアの航空写真画像からも3次元モデルを生成し、それを元に2次元のDEMやオルソモザイク画像(オルソ幾何補正した多数の航空写真を1つの画像としてつなぎ合わせたもの)を作成することも可能である。発表者らもこの技術を用い、1959年にラオスのルアンパバーン県南部を撮影した93枚(縮尺4万8千分の1)の白黒航空写真から、平均平面誤差15メートル以内の精度でオルソモザイク画像を作成することができた。その範囲は2600㎢であり、当時の土地利用(集落、水田、焼畑など)、土地被覆(草原、叢林、森林、竹林など)の分布を明瞭に示している。東南アジアでは、一般に遠い過去の土地利用・土地被覆を示す、信頼に足る地図に乏しい。その点、こうしたオルソモザイク画像は貴重な資料となる。発表では、これが人文地理学でどのように利用できるかを示すために、対象地域における第2次インドシナ戦争前後の集落分布の変化を明らかにすることを試みる。冷戦期のこの戦争がベトナム、ラオス、カンボジアの人口分布に与えた影響は大きく、まさに地図を塗り替えるほどの変化があった。戦火を逃れての住民の自発的な移住や政府の指導による移住により、大規模な人口移動が起こったためである。しかし、こうした人口移動が各地域でどの程度起こり、それが土地利用・土地被覆をどう変えたかという点についてはわかっていない。そこで、戦争前の状況を示す1959年の航空写真のオルソモザイク画像と戦後の1980年代初頭に作成された地図を比較することでこの点を明らかにする。引用文献早川裕弌・小花和宏之・齋藤仁・内山庄一郎2016.SfM多視点ステレオ写真測量の地形学的応用.地形 37: 321-343. 本研究はJSPS科研費23K21802の助成を受けたものです。