主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会春季学術大会
開催日: 2025/03/19 - 2025/03/21
1.里地里山空間の地生態学的特色
里地里山とは,人が生活や産業,特に農業を行うために作り替え,維持・管理・利用してきた自然環境あるいは景観である。そこは,複数の異なった特徴を持つ土地の集合で,集落地・農耕地・林野のほか用水路やため池などの水域も含む。それらは集落からの距離など社会条件や,水分布・地形など自然条件に基づいてモザイク状に配置されていた。
燃料革命や農業の近代化に伴い利用面での必要性が薄れると,里地里山は1990年代頃から自然環境や生物生息地としての側面が強調されるようになった。ただし,そこは人の干渉により成立した二次的自然であり,人が意味づけをし利用してきた文化的・社会的空間である。つまり,その自然環境の理解に臨んでは,空間内で行われてきた文化的・社会的行為やその変遷と,有機的に関連付けながら分析する必要がある。
2.自然環境としての里地里山を対象とした近年の研究
里地里山の自然環境を対象とした研究は,生態学・植生学・森林科学などを中心に行われており,3つに大別できる。
一つ目は,その場の特色・成立機構・変遷の理解を目指す基礎的研究である。この研究では,古文書の読解や住民からのヒアリングなど社会科学的手法が用いられることもある。
二つ目は,その場をある基準により評価したり,評価手法を検討したりする研究である。この研究は,生態学の応用分野である保全生態学で特に盛んに行われてきた。
三つ目は,その場の保全・活用やのための手法やプロセスを評価・検討したり,効果を測定したりする研究である。
近年の論文をみると,地理学でも上記すべてのテーマの研究が行われきた。しかし,他分野と比較すると数は寡少で,関心が高くない。里地里山は,「概念」であると同時に地理学が主要な分析対象とする「場」である。また地理学は,自然科学・人文社会科学の双方の顔を持つ。このことから里地里山の自然環境の理解に対し,地理学が貢献できる余地は大きい。地理学の中でも,植生地理学や地生態学は,生態学・植生学・森林科学などと密な関わりがある。ただ,これまでの主たる対象は,高山植生や泥炭湿原など原生的自然が中心であった。
里地里山の自然環境の理解のためには,その成立や維持・管理に関わる多様なアクター間の関係やプロセスを理解する人文地理学的研究,里山を一連の景観パターンととらえ地形・地質・気候・動植物といった多様な地因子の相互作用を理解する自然地理学(地生態学)的研究の双方が必要である。したがって,分野を跨いだ研究者間の連携がとりわけ大切になる。
3.発表者の具体的研究例と実践
発表者は里地里山の水辺生態系,中でもため池と湧水湿地に注目し,その成立,分布,立地の特色,動植物相,保全・活用などについて研究を進めている。研究の遂行にあたっては,地理学的か否か,自然科学的手法と社会科学的手法のいずれを用いるか,基礎的であるか応用的であるかを意識せず,その「場」を総合的に理解する姿勢を重要視し,得られた知見をアカデミアだけでなく社会に還元することも視野に入れている。
一例を示す。2013年から2019年,東海地方全域の湧水湿地目録を作成する研究を実施した。これは,生態学や森林科学の研究者,自然系NPO,在地の自然活動実践者らと協働し,湧水湿地一つ一つの位置や立地,動植物相を記録し,総括するものであった(富田・大畑 2024)。成果は『東海地方の湧水湿地 1643箇所の踏査からみえるもの』(湧水湿地研究会 2019)としてまとめた。成果は県や基礎自治体の要請に基づいて提供し,自然保護の政策に活用していただいている。
文献:富田啓介・大畑孝二 2024.市民・NPO・研究者の協働による地方版湿地目録作成:「東海地方湧水湿地目録」の事例.湿地研究14:41-52.