主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2025年日本地理学会春季学術大会
開催日: 2025/03/19 - 2025/03/21
1.はじめに
日本における太陽光発電施設は,FIT法の施行(2012年)以降急速に増加している。特に,農耕地や二次林など里地的土地利用と競合しやすく,生物多様性の劣化が懸念される。西日本に多い湧水湿地(貧栄養の地下水が滲出して形成された鉱質土壌の卓越する小面積の湿地)も,太陽光発電施設建設の影響を受けやすい生態系の1つである。そこには保全上重要な種が集中しており,優先的な対策が必要である。
岐阜県可児市の住宅団地「桜ケ丘ハイツ」隣接地では,未開発の二次林内に複数の湧水湿地(大森奥山湿地群)が残されていた。2017年,湿地群を含む山林で太陽光発電施設の建設計画が持ち上がると,自治連合会とまちづくり協議会は,可児市を通じて事業者との協議の場を設けた。湿地群の存在は,団地内でほぼ認知されていなかったが,協議項目として生活環境の保全とともに湿地群の保全が取り上げられ,最終的に湿地群の大部分が保全された。
この過程で団地内に湿地群の認識が広がり,その後もまちづくり活動の一環としてその保全・活用が進められている。元来自然保護を掲げた団体ではなく,地域コミュニティが主導して,土地開発から湿地群の保全を導いた稀有な事例であることから,その背景を参与観察と聞き取りから検討した。
2.大森奥山湿地群の保全の経緯
太陽光発電施設計画に対して住民は当初,本来良好な住宅地とする場所にふさわしくないとして白紙撤回を求める署名活動を展開,複数団体が要望書を事業者に提出した。対して事業者は「合法かつ適正な事業」として開発申請を行い対立した。まちづくり協議会は,自治連合会と協働して本件に対応する専門委員会を設け,条例に基づく斡旋を市から受けて「4者協議会」を設置した。構成者は,専門委員会・事業者・学識経験者・市である。
21回に及んだこの協議会の中で,学識経験者から希少種を含む湿地位置や植生調査等の結果が示されると,事業者は湿地群の保全を図るべく計画の一部を変更した。さらに,造成斜面の外来牧草の吹付を中止するなど,湿地環境に配慮した工法が採用された。さらに,専門委員会は,工事中・後の環境変化を監視するため,水質・水量等のモニタリングを始めた。
太陽光発電施設は2019年,完工し稼働を始めた。モニタリングはのちに発足した「大森奥山湿地群を守る会」に引き継がれた。会の活動は湿地の活用へも広がり,2024年現在,事業者の理解のもと近隣住民向けの観察会や,近隣の小・中学校の環境学習の場として活用されている。
3.地域コミュニティによる湿地群の保全が成功した背景
①まちづくりに高い意欲を持つ企業が開発した住宅団地であり,地域コミュニティが醸成されやすい環境があった。
②1990年代から住民による自主的なまちづくり活動があり,住民自治の経験が根付いていた。
③自治体が住民自治を担う団体を公認し,事業者と意見の相違があった場合の「あっせん」などの制度を整えていた。
④住民自治団体の役員が,自然環境についても関心を寄せており,地域コミュニティ内にある湿地の知識を有していた。
⑤住民自治団体の役員が,近隣の大学との関係を作っており,協議に参画した研究者により学術ベースの客観的議論ができた。
⑥在地の自然観察団体が湿地群を長らく観察・記録しており,報告書や公開講座などの形で,地域社会に情報を共有していた。