日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 433
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農山村地域における生物保全活動と住民の意識
広島県世羅町における活動とコウノトリの飛来を事例として
*蜂谷 英介
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抄録

Ⅰ はじめに

日本の農山村地域では,人間の活動の適応した生物が生育し,特有の自然環境が形成されてきた。大澤ほか(2008)によると,農林水産業などの人間活動が,地域特有の景観や自然環境を形成・維持してきたことにより,多くの生物に貴重な生息生育環境を提供し,特有の生態系を形成・維持しているといわれる。広島県世羅町も同様であり,ヒョウモンモドキを始めとした多くの希少生物が生息しており,2023年には町内でコウノトリの営巣とヒナの巣立ちが確認され,保全活動も始まった。

Ⅱ 研究概要

 本研究では,世羅町内の各希少生物への保護団体や行政への聞き取りと,町内の自治センターへのインタビュー及び世羅町民へのアンケートを通して,希少生物が多数生息する農山村での生物保全の現状及びコウノトリの飛来・営巣による変化を調査する。そして,コウノトリが住民の意識や自然へのかかわり方に与えた影響と,人間と生物がどのように共存していくために,どのような議論が行われているのかを論じる。

また本研究は,2022年から2024年にかけて世羅町内で実施したインタビューやアンケートの調査の成果に基づく。

Ⅲ 世羅町の保護活動の概要

世羅町は広島県中東部に位置する,人口約15,000人の町である。町内の農山村には,ヒョウモンモドキ,ダルマガエル,ブッポウソウなどの希少生物が多く生息しており,各生物に対する保護活動が行われているが,コウノトリの飛来・営巣が確認され,行政ぐるみで保全活動が開始されたことで,コウノトリによる農地や住宅地への被害やコウノトリ以外の生物への関心低下が懸念されるようになった。特に,ダルマガエルはコウノトリに捕食されてしまうため,大きな問題となった。しかし,ダルマガエルの保全活動に携わるI氏は,「コウノトリも含めて,あらゆる生物が繁栄することが生物多様性。コウノトリを排除しようとは思わない。」と話すなど,保護団体側もコウノトリへの印象は肯定的であった。

Ⅳ 自治センターへの聞き取り調査から

世羅町に生息している希少生物であっても,世羅町全域に分布しているのではなく,コウノトリも地区により飛来頻度は異なる。希少生物の少ない地区では,被害も懸念事項も生まれない

ため,関心も高くはなかった。対して,獣害に関しては世羅町全域で深刻なため,どの地区でも関心は高く,自治センターぐるみで罠による駆除や農地への電気柵の設置等の対策が行われていた。コウノトリに関しては,営巣地に近い地区を中心に糞害や食害といった懸念事項は挙げられたものの,住民の中でもコウノトリを見に行く人や写真を捕りに行く人がいるなど,多くの地区で話題性は高かった。また,「コウノトリの飛来により,世羅町の自然の豊かさを改めて実感し,他の希少生物にも目を向けるようになった。」といった,よい影響も見られた。

Ⅴ 世羅町民へのアンケート調査から

 世羅町民を対象に,Googleフォームによるオンライン方式,アンケート用紙によるアナログ方式を併用したアンケートを実施したところ,352件の回答が集まった。獣害を引き起こすシカやイノシシへの否定的な意見は多かったが,多くの懸念事項が挙がっていたコウノトリへも否定的な意見は少なく,世羅町の象徴になり得ると期待する人が多いなど,町民のコウノトリに対する期待は大きかった。また,「コウノトリが営巣するような場所なら,子供の時に見たオオサンショウウオが今も生息しているかもと思うようになった。」との回答や,「世羅町がさらに好きになった」といった意見がみられるなど,ここでもコウノトリの飛来・営巣により,他の希少生物や自然全体への関心の向上など人間と生物が共存していく上でのよい影響が見られた。

Ⅵ おわりに

 世羅町では,獣害が深刻であり,住民の中でも「自然は圧力」との意識が強く,獣害対策が最優先で行われており,町内に生息する希少生物に関心が向きにくい状態が続いていた。そこへコウノトリが飛来・営巣したことで,コウノトリに関するシンポジウムが開かれるなど,盛り上がりを見せた。一時は多くの懸念事項が浮上したが,町民が世羅町の自然の豊かさを再認識し,既存の希少生物にも意識が向くきっかけとなった。このコウノトリの飛来・営巣を好機と捉え,住民の自然への意識をさらに向上させ,持続可能な活動作りや生物・環境保全と住民の暮らしにどのように折り合いをつけていくべきかの議論が行われている。

参考文献

大澤啓志,大久保悟,楠本良延,嶺田拓也(2008): これからの農村計画における新しい「生物多様性保全」の捉え方. 農村計画学会誌 27(1), 14-19.

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