日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: P010
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コロナ禍における日本の居住地選好の変化―マルチレベル分析の結果―
*矢部 直人若林 芳樹
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抄録

I はじめに

 2019年末に始まる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行は,世界の政治経済や人間生活に大きな影響を及ぼしつつある.コロナ禍で浮彫になった既存の社会・経済の仕組みの課題への対応として,テレワークの普及に伴う通勤者の減少や人口移動の変化などが報告されている(Kotsubo and Nakaya 2024など).しかし,こうしたポストコロナ時代を見据えた動きがどの程度の広がりをもって持続するのかについては,実証的データをふまえた検証が必要である.本研究は,居住地選好の側面からこれを検討する.

 これまで全国規模での居住地選好の情報は,1978年と1996 年にNHK(日本放送協会)が実施した全国県民意識調査の一 部に含まれているが,それ以降に同様の調査は行われていな い(若林 2019).そこで本研究は,現代日本の居住地選好に関する全国規模でのオンライン調査を実施し,ポストコロナ期における居住地選好の新たな動向を明らかにする.

II データ・分析手法

 本研究で使用するデータは,2023年3月にインターネットによるアンケート調査で収集したもので,配付と回収は株式会社インテージに委託した.対象者はNHKの県民意識調査と同様に,16歳以上の住民(調査会社の登録モニター)で,各都道府県で500人ずつを年齢と性別の偏りのないようサンプリングした.その結果,23,500人から回答が得られた.調査項目は,現住地の住み心地,居住地以外で住んでみたい都道府県,出身地,居住歴,コロナ禍での居住に対する意識の変化などを答えてもらったほか,年齢,職業等の個人属性を収集した.分析には個人差と都道府県レベルの地域差の双方を考慮できるマルチレベル分析を用いた.

III 結果

 最初に,現住地の居住環境評価に関連する変数を分析した.その結果,地域差よりも個人差が大きく,現住地が15歳頃までの主な居住地の場合に評価が上がる方向に強く関連することが分かった.

 次に,回答者が居住していない他都道府県への居住地選好を分析した.目的変数は,各都道府県を選好1位とするダミー変数である.その結果,地域差が比較的大きい値を示したのは,広域中心都市所在県や3大都市圏に含まれる府県であった.いずれも近隣の都府県からの選好を集めるため,地域差が大きくなる.コロナ禍での居住に対する意識の変化に注目すると,地方の田舎暮らしへの関心は北海道・青森県,地方拠点都市への関心は福岡県,地方観光地への関心は沖縄県,多地域居住への関心は長野県への選好とそれぞれ有意な関係があった.また,大都市圏郊外への関心は埼玉県・東京都・神奈川県,大都市圏都心への関心は東京都・大阪府への選好とそれぞれ有意な関係があった.

 さらに,コロナ禍での居住に対する意識の変化を目的変数とし,関係する変数を分析した.その結果,地域差よりも個人差が大きかった.また,地方の田舎暮らし・地方中小都市への関心は,3大都市圏居住者ではなく,それ以外の地方居住者と関連していた.3大都市圏居住者が関連していたのは,地方観光地・大都市圏郊外・大都市圏都心への関心であった.テレワークの可能性が比較的大きい管理・専門職は,地方中小都市・地方拠点都市・大都市圏郊外・多地域居住への関心と有意な関係があった.

謝辞

本研究はJSPS科研費JP22K18510の助成を受けたものです.

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