日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: P061
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防災集団移転跡地のサードプレイス化
-仙台市若林区荒浜地区を事例に-
*松岡 農
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抄録

1.サードプレイス研究の進展

 サードプレイスはアメリカ合衆国の社会学者レイ・オルデンバーグが1980年代に提唱した理論である。具体的には,自宅をファーストプレイス,職場をセカンドプレイスとした場合に,第三の居場所となるのがサードプレイスである。オルデンバーグは,著書『THE GREAT GOOD PLACE』(【日本語訳版】忠平美幸訳/マイク・モラスキー解説『サードプレイス コミュニティの核になる「とびきり居心地のよい場所」』.みすず書房.2013.)でアメリカ合衆国とヨーロッパの都市構造を比較し,アメリカ合衆国の都市にはロンドンのパブやパリのカフェテラスのような,インフォーマルな公共生活に欠かせない常連がいる集いの場が欠如していると指摘した。そして,その結果としてアメリカ合衆国において社会的連帯が消滅しつつあると主張した。日本国内では,片岡・石山2017や石山2021がサードプレイス概念の拡張と類型化を試み,サードプレイスにはオルデンバーグが主張した伝統的サードプレイス(社交交流型)だけでなく,演出された商業的サードプレイス(マイプレイス型),テーマ型サードプレイス(目的交流型)があると提起した。そのうえで,商業的サードプレイスは個人が自分1人の時間を楽しみ,それによって癒しと憩いを得る空間と定義し,その代表例がコーヒーチェーン店であるとした。そして,テーマ型サードプレイスは強制されない自発性(ゆるさ)を動機とした参加者が交流を楽しむ場と定義し,地域のNPOや地域の読書会・勉強会,子ども食堂などがこれに該当するとした。

2.目的

 仙台市若林区荒浜地区は仙台市東部に位置する仙台湾に面した地区で,2011年に東北地方太平洋沖地震の津波で被災したのち(東日本大震災),同年内に住宅の建築が禁止となる災害危険区域に指定され,その後防災集団移転促進事業の対象となった。これに対し,元住民が市に対する訴訟を検討する動きもあったが,2016年度までに同事業は完了した。その後は現在に至るまで防災集団移転跡地利活用が進められている。本発表では,荒浜地区において2018年から継続的に実施した土地利用調査と2024年から2025年にかけて実施したサードプレイスでの参与観察,利用者へのアンケートをもとに荒浜地区内のサードプレイスを分類,整理する。そして,サードプレイス論を援用し,防災集団移転跡地のあるべき「復興」の姿について論議する。

3.荒浜地区のサードプレイス

 荒浜地区には,テーマ型サードプレイスと商業的サードプレイスが存在した。前者の例としては元住民が自宅跡地に立ち上げた「海辺の図書館」とそれを母体とした,「深沼ビーチクリーン」がある。これらのサードプレイスには,荒浜地区の元住民だけでなく,震災時点では他の地域に居住していた市民の参加が見られた。また,同時に震災発生時点では生まれていなかった子どもを連れた家族ぐるみでの参加者も確認できた。そして,参加者は交流を楽しむなかで荒浜地区の自然の豊かさや伝統文化に接していた。一方,後者の例としては,JR東日本の子会社が運営する観光農園「JRフルーツパーク仙台あらはま」や仙台資本の建設・土木会社が手がけたバーベキュー施設がある。

4.テーマ型サードプレイスが実現した「復興」

震災以前は住宅地が広がり,半農半漁の生活の営みがあった荒浜地区はいわばファーストプレイスとセカンドプレイスであった。しかし,津波被害とその後の防災集団移転促進事業,防災集団移転跡地利活用により半ば強制的にサードプレイス化が進展した。だが,荒浜地区では地区全体の公園化はされず,一部の元住民は地区内の土地を継続所有した。また,元住民が市に売却した土地については,市が区画を設定し利活用案を事業者から公募した。2020年には決定した事業者の一部が撤退したが,追加募集を重ね,2025年1月現在はすべての区画において利活用を担当する事業者が決定している。こうして,様々な主体が地区内に形成したサードプレイスを分析すると,事業者が設けた商業的サードプレイスだけでなく,元住民が立ち上げたテーマ型サードプレイスが存在した。そしてここでは,失われた地域の記憶を若い世代に継承できており,地域の記憶や災害,防災を学ぶフィールドの保全に貢献していた。震災後の荒浜地区では,元住民が防災集団移転を決定した市の提訴を検討するなど,その是非が議論された経緯がある。現在の荒浜地区に存在するテーマ型サードプレイスは,こうした経緯も含めた元住民が地域に寄せる思いが息づく場所である。そしてこの姿こそ,本来あるべき「復興」の姿だと言えるのではないか。

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