日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 903
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KUSI KAWSAY ANDEAN SCHOOLにおける民族自律を目指した取組み
*戸沼 雄介平野 央
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抄録

Ⅰ.研究の目的とKUSIの理念

今の子どもたちにとって、地域はどのような空間として機能しているのだろうか。高橋(2007)は、地域と子どもの関わりの希薄化により、地域が子どもの自己形成空間として機能していないと主張する。一方、竹内(2019)は、子どもが学びを通して地域に向き合うことで、子どもが地域形成主体として成長していく可能性があるとした。本研究の目的は、ペルー・ピサック村にある、KUSI KAWSAY ANDEAN SCHOOL(以下、KUSI)のカリキュラム分析と卒業生へのインタビュー調査から、地域で学習者がどのように学びを深め得るのかを考察することである。同校は、2010年に設立された学校であり、先住民ケチュア人の文化・知恵の継承と社会変革を目的とした、極めて特徴的な教育課程を持つ。感情や意志に働きかける「総合芸術」としての教育が重視され、先住民族が大切にしていた文化的活動を軸に据える。学習者の認識行為と芸術行為をつなぐことで「先住民の権利保障と文化復興」と「そのための社会の変革」というミッションを達成することを目指している。KUSIでは、多くの学びが、地域や、地域の伝統に根ざして行われているのである。

Ⅱ.KUSIが位置するピサック村の地域的特徴

KUSIが位置するピサックは、ペルー・クスコの北西に広がるウルバンバ渓谷に位置する村で、標高約3000mのアンデス山脈の高地にある。この地域はインカ帝国時代に「聖なる谷」と呼ばれていた場所であり、クスコへの食料供給基地として重要な役割を果たしていた。村の付近には現在でも、地域にはインカ時代の遺跡が点在し、段々畑や神殿跡、見張り台跡などが残る。また、多くのケチュア族の住民が生活し、インカの神々に祈りを捧げる伝統的な生活様式が部分的に守られている。

Ⅲ.ピサック村の変化とKUSIでの学び

ピサック村の背後に古代インカ帝国の遺跡がそびえていることとは対照的に、現在のピサック村を歩いてみるとスペインによる植民地支配の影響を随所に感じる。産業面でも観光産業が町の経済の柱となっており、かつての伝統的な景観は、村の外れにわずかに残る程度である。村には、先住民族ケチュア人をルーツに持つ住民が多いが、特に若い世代はケチュア語を知らない実態が存在する。このような急速な変化に抗うように、KUSIではアンデス地域の伝統的な生活様式に即した授業が展開される。学校内ではアンデス伝統の植物が栽培され、子どもたちはそれを食事の際に採集し、薬としても用いる。授業では、アンデスの伝統や民俗音楽、アンデスの価値観を重視し、地域の信仰や文化的認識の再認識を学習者に促す教育が展開される。時には農地があるAmpay村に学習者が行き、アンデスの伝統儀式を地域の方と実践し、収穫を願う。では、KUSIで展開される授業は学習者の自己形成にどのような影響をもたらすのか。KUSIの卒業生であり、現在は同校の教員をしている2名の方にインタビューを行ない、実感を探った。結果的に、現在の両名の生活の基盤には「アンデスの伝統的な暮らし」が根付いており、KUSIの学びは彼らの目標である「地域の方に自民族の文化の価値を広める」という使命感の源泉となっていた。これは、前述の竹内(2019)の主張と重なるものがあるだろう。

Ⅳ.KUSIで展開される授業の意義

元来、ピサック村では、「自然、事物と人の相互の関わり合い」を大切にしながら生業が営まれてきた。KUSIの取組みは、このような「自然や事物と人との関わり合いの価値」をもう一度見直し、自己のルーツに気付いていく実践であると言える。すなわち、授業を通して、自民族の自律・自治を取り戻す動きが行われているのである。KUSIで展開される授業は民族の自己形成そのものなのである。

謝辞

本研究の実施にあたっては、横浜国立大学 池口明子教授、鈴木允准教授にご指導をいただいた。また、本研究は、2024年度横浜国立大学国際学術交流奨励事業奨励金助成を受けたものである。

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