日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 437
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英語圏地理学における報復都市論の展開
*中川 祐希
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抄録

Ⅰ はじめに

ニール・スミス(2014: 349-389)は,1990年代のニューヨークにおける反ホームレス対策が,マイノリティから公共空間を奪回しようとする「ミドルクラスや支配階級の白人」の「能動的な敵意」によって突き動かされていたことを指摘し,これを報復都市の現われとして捉えた。2000年代に入ると,このように階級的かつ人種主義的な敵意と,「ホームレス」の空間的排除とを結びつけて検討する研究は,新自由主義批判を前面に押し出し,「現実に存在する新自由主義」(Brenner and Theodore 2002)という概念を援用して,報復主義の地理的多様性を明らかにしていく。さらに2000年代後半には,報復都市論を批判的に継承するポスト報復都市論が提唱された。本報告は,報復都市論の動向を整理し,英語圏地理学においてホームレス対策がどのように論じられているのかを提示する。

Ⅱ 報復都市論の展開

報復都市論は,「現実に存在する新自由主義」を援用しつつ,ふたつの方向へと展開した。第一に,報復主義の波及と,地理的文脈に応じたその変質を検討する方向である。これにより「ホームレス」やマイノリティへの報復主義が,異なった帰結をうみだしながら,アメリカやヨーロッパといった「北」のみならず,「南」の都市にも影響を与えていることが明らかにされた(Swanson 2007)。

第二に,社会福祉や支援の役割に着目して報復都市論を捉えかえす方向である。ここでDeVerteuil(2006)は,ロサンゼルスを事例として,シェルターが報復主義の論理に「拮抗する力」に成り得ることを指摘した。さらにドゥヴェルトゥイユほか(2016)は,「ホームレス」の地理はスミスらの論じた公共空間からの排除により「崩壊」したのではなく,社会福祉や支援などを通じて路上を越えて広がっていった末に,「多様化」し「複雑化」したのだと主張して,報復都市論の妥当性に疑問を投げかけた。

Ⅲ  「ポスト報復都市」か「情け深い報復主義」か

2010年代後半には,これらのうち後者の展開からポスト報復都市論が提唱された(May and Cloke, 2014: 895-898)。その端緒となったMurphy(2009)は,かつて報復主義の影響が指摘されたサンフランシスコのホームレス政策を検証した。サンフランシスコでは,2004年の新市長就任を機に処罰に偏重した従来のホームレス政策が支援を拡充させる方針へと向かったが,Murphyはそれにより処罰と支援とが併存するようになった状況を検討する。そして新たに始まったプログラムが,処罰的な政策を緩和しながらも,「ホームレス」を選別し,また別の排除をうみだしていることを明らかにするのである。ポスト報復都市論は,ホームレス対策はほとんど処罰一辺倒にはならないという視座から,このような排除と包摂,処罰とケアの両義性に焦点を当てた(May and Cloke 2014)。そのなかで,社会福祉や支援がつくりだす「ケアの空間」への関心も高まりつつある。

一方で,Hennigan and Speer(2019)はスミス(2014)に立ち返りつつ,シェルターのような「ケアの空間」が,テントの破壊や公共空間からの追い出しに加担している現実を明らかにしている。カリフォルニア州フレズノとアリゾナ州フェニックスを事例としたこの研究において,処罰とケアを結びつける要因と評されたのが,都市再生の圧力である。そのように資本主義の論理にかきたてられた敵意が支援団体などの「思いやり」と連動して,テント生活の解体や追い出しを引き起こす状況を,Hennigan and Speerは「情け深い報復主義 compassionate revanchism」と呼ぶ。

以上のように近年では,「ケアの空間」への包摂か,資本主義社会における排除の構造か,いずれに力点を置くかによって,報復都市論への評価が分かれていると言えるだろう。発表当日は,特にこのポスト報復都市論以降の展開について詳しく検討する。

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