日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 615
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昭和遺産としての昭和純喫茶の文化遺産的価値とその創造的継承の現状と課題に関する研究
*肖 瑶池田 真利子
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抄録

はじめに

2010年代からの昭和レトロブームを背景に,昭和時代の面影を残す建造物・構造や店舗を取り扱った書籍が複数発表されている(天野, 2017;日高,2014;大井,2017等).これらは,昭和時代に対する社会現象としてのノスタルジアに注目したものであり,そうした昭和の面影を残す街並みや文化が,「レトロツーリズム」の観光や消費の対象となっていることを示す.さて,昭和時代に多く存在し,かつ現在は,店主の高齢化・引退,ビルの建て替えや都市再開発に起因し,減少傾向にある昭和純喫茶は,昭和時代という有形と無形双方を現在まで残す空間として2010年代に注目され,いつ閉業するか不明の昭和純喫茶を記録するため,一般書籍で取り上げられてきた(難波,2015;平山, 2023).他方で,昭和純喫茶の学術的研究も上記と同様に不足する.なお,昭和純喫茶の直面する上述の状況において,経営者の親族以外の第三者が,自主的に継承する事例や,居抜きで店舗名のみ変更し経営を継続する事例)も散見される(Hanako 2021; 2023).そうした継承の仕方を創造的継承と本研究では定義する.そうしたことから本研究は,昭和遺産の文化遺産的側面に社会的関心が集まるなか,現在減少傾向にある昭和純喫茶の昭和遺産としての文化遺産的価値を明らかにし,また,その創造的継承の現状・課題を明らかにすることを目的とする.本研究目的に到達するため,昭和純喫茶の文献資料を調査するとともに,主に東京の昭和純喫茶に注目し,この統計資料や古地図等を用いて地理的に集積する地域を明らかにし,現地調査を実施するとともに,当該地域における昭和純喫茶の創造的継承者である店主6名に対して,聞取り調査を行った.

昭和純喫茶の歴史的背景と現状

1888年に日本初の喫茶店「可否茶館」が創業し,この喫茶は以後の国内喫茶店の機能面方向性に影響を与えた.関東大震災の復興に伴い,喫茶店の数は急増した.1931年には『特殊飲食店取締規則』で「喫茶店」と女給サービスを提供する『特殊喫茶』が区別された(初田,1993).震災復興期に,東京では喫茶店が急増し,サービスが多様化した.高度経済成長期には,個人経営の喫茶店が人気を集めたが,バブルの崩壊により,喫茶店数は減少し,現在まで減少傾向が継続する.昭和純喫茶のみの統計は存在しないため,全国レベルで網羅的に調査を行っている難波(2015)を参照したところ,全国1,000件のうち,759件(76%)が東京(666件)・神奈川(50件)・大阪(43件)等の大都市圏に所在することが分かった.なかでも最多数が残る東京都23区内では,中央区,千代田区,台東区の3区に,経営を継続する昭和純喫茶(個人経営店)が集積することがわかった.

昭和遺産としての昭和純喫茶の文化遺産的価値

昭和純喫茶の文化遺産的価値は,主に有形的要素(建物・内装・インテリア類・看板等)と無形的要素(提供する食品・飲料やサービス, コミュニティ,等)に分けることができる.特に有形的要素は,昭和純喫茶の立地する地域の社会・経済的発展や時代背景, 客層の影響を受けていることが聞取り調査の結果からわかった.具体的に,出版社と教育施設の近くに立地る事例では,学生と会社員のきゃうが多かった.また,提供サービスも,店主が「昭和らしさ」と考える昭和の「客への思い」や「親密な関係性」といった,精神文化を強く反映していることがわかった.店名も「日本語と英語」を使用している場合が多く,または店の看板と電飾に濃い色を使ったことが多いことで,全体の雰囲気にレトロ感を与える.また,有形・無形双方において,店主の店への「こだわり」が反映されており(6件中6件),加えて,店側と客同士における関係性も昭和純喫茶の無形的要素であることが明らかとなった.

昭和純喫茶における創造的継承の現状と課題

昭和純喫茶の店主は,昭和純喫茶の文化や空間への愛着,そして先代の思いを受け継ぎたいという強い意志から店舗を継承する.しかし,社会情勢の影響を受け,価格維持や店内のリフォーム等の必要性,店主の高齢化とそれにおける品物の減少などの課題に直面していることが明らかとなった.また,社会規範の変化やグローバル化によって,価格だけでなく,外国人コミュニティの増加,メニューの増加,ノベルティ商品の制作などの店内の設備や社会生活にも変化が生じている.こうした可変性も創造的継承における重要な側面であると理解することができる.

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