日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 407
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進化経済地理学による経済地理学と観光研究の経路融合
*外枦保 大介
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抄録

Ⅰ はじめに

 観光研究は、経済地理学において長らく「周辺」に位置付けられてきた不遇の研究領域である。経済地理学者は、伝統的に観光研究を回避する傾向にあり、経済地理学と観光研究との没交渉は長らく続いてきた。しかし、近年では、雇用への貢献が比較的高い観光に対する関心が高まっている。特に2010年代以降、観光研究と経済地理学の紐帯は太くなりつつあり、これら両者の「経路」を融合させているのが、進化経済地理学である。

 本発表は、進化経済地理学的な観光研究のルーツといえる観光地ライフサイクル(Tourism Area Life Cycle: TALC)に関する議論の整理や進化経済地理学的な観光研究の進展過程を検討しながら、経済地理学と観光研究との経路融合について論じるものである。

Ⅱ TALCの特徴と背景

 TALCは、1980年にRichard Butlerが著した論文によって示された。TALCの主要な特徴は、①観光地域の動態的な発展過程をいくつかの段階に分けてモデル化して示したこと、②適正収容力 carrying capacityの概念を用い、観光地としての持続可能性を論じていること、③進化論を当初から意識していることである。③の進化論的着想は、進化経済地理学との接合にとっての布石となったといえる。

 Butlerは、TALCのアイデアの源泉をいくつか挙げている。第1に動態的な地域変化を扱った観光地理学初期の研究であるGilbert(1939)がある。第2にChristallerの研究である。中心地理論で知られる彼は、都市から離れた地域で形成される観光地の研究にも着手していた。それを踏まえてButler(1980)は、観光客のタイプとともに観光地の変容も変容すると論じたChristaller(1963)を、紙幅を割いて引用している。第3に観光客の類型化に関する議論がある。第4に観光地の衰退・再編に対する着目である。第5に生態学も理論的背景の1つとされている。第6に製品ライフサイクルモデルである。これらのほか、立地論を基盤に理論的な観光地研究の枠組み構築を目指した除野信道の間接的な影響もあげられる。

Ⅲ TALCから進化経済地理学的な観光研究へ

 TALCの研究蓄積を踏まえながら、2000年代以降の観光研究では、経路依存性に関する言及が増え、進化経済地理学に対する注目も高まった。進化経済地理学的な観光研究のこれまでの主な論点として、第1に進化経済地理学の議論に呼応して、観光研究でも経路創造の議論が深まったことがある。第2に経路内での漸進的な変化に関わる経路可塑性の議論も進展している。第3に共進化の視点が挙げられ、観光研究でも地域イノベーションシステムが論じられるようになった。第4に観光地が変化する「重大な岐路」への着目がある。第5にレジリエンスや観光の持続可能性についても論じられている。

 また、進化経済地理学の議論に呼応して、複数産業の経路間関係に対する関心も高まり、観光業と他産業間の関係(相互協力、競争、中立)が論じられている。

 このように観光研究と経済地理学は、進化経済地理学の隆盛により経路融合が進展している。今後も観光研究は、様々な研究領域の経路を融合させ、研究をアップグレードしていくことが望まれる。

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