抄録
生きた植物プランクトンが海洋流体と熱物理学的に相互作用することについて考察した。
生命をもつ生態系と生命のいない外部環境との相互作用を表現するのに熱力学第2法則を用
いた。植物プランクトンと乱流混合層という外部環境との間で物質とエネルギーが交換され
ること、また海洋乱流混合層内の物理化学的性質が定常であること、この2つの事実に基づ
き、植物プランクトンと乱流混合層の相互作用が生態系と外部環境系全体のエントロピー収
支によって完全に表現できることを示した。植物プランクトンの光合成に伴う廃熱率をエン
トロピー収支方程式で表現することにより、海洋現場における量子収量と太陽光吸収スペク
トラムの観測データから求まる光合成のエネルギー効率が植物プランクトンの生理学(これ
は現場観測にかからない)と光合成の熱力学過程(この過程の状況証拠は海洋光学的現場観
測手法で観測できる)とを結びつけることを提案する。
太陽エネルギーと物質が光合成過程を経てブドウ糖に変換され、食物連鎖の過程をたどる
ことが化学反応式に表れる。この際のエネルギーと物質は海洋生態系と生命のいない地球流
体物理系の境界を通過するから、熱力学的に生態系を定義するには生態系の空間構造が必要
条件である。生態系と外部環境とのエントロピー収支を用いて海洋の乱流混合層における植
物プランクトンの光合成過程を記述し、生態系と地球流体系との熱力学的相互作用をモデル
化することができる。こうすると、生きた植物プランクトンによるエントロピー生成が海洋
における食物連鎖を構成する生態系に行き渡る自由エネルギーのほとんどを占め、生成され
たエントロピーは生態系から外部環境に排出されることがわかる。
つぎに人工衛星海色データから推定された海面におけるクロロフィル量を取り入れた海洋
大循環モデル実験結果(Nakamotoetal.,2000,2001)を用いて、生命活動を行う植物プラン
クトンが海洋乱流混合層に物理的変化を引き起こすことを示した。赤道海域の乱流混合層は
回転する地球流体力学定な相互作用を受けやすいために、植物プランクトンは太陽放射エネ
ルギーの鉛直方向の透過率に影響を及ぼし、亜表層で海水の密度を変化させ、地衡流を誘起
する。海洋生態系の素過程全体についての生理学的なパラメータ全てを観測しつくすことは
できないが、海洋乱流混合層の運動学的時間スケールよりも充分に長い期間採集した乱流混
合層内の熱物理学的パラメータには海洋生態系と海洋物理系の相互作用を検出できるシグナ
ルが含まれている。