2024 年 32 巻 2 号 p. 25-36
乱場制と呼ばれる日本の狩猟制度は原則的に自由な狩猟を認めるものである。乱場制は狩猟を管理する機能が低いと考えられており,一部の専門家は野生動物管理や狩猟事故防止のために乱場制の廃止を提言している。本稿では乱場制廃止の政治的気運が最も顕在化した1971~1972年の大石武一環境庁長官の「全国禁猟制」構想がとん挫するプロセスを「政策の窓」モデル及び政策アントレプレナー仮説から分析し,今後の制度設計のあり方を検討した。「政策の窓」モデルによる分析の結果,「全国禁猟制」構想が鳥獣行政において1971~1972 年においてアジェンダ設定された背景には,乱獲と狩猟事故が顕在化したこと,1950 年代から鳥獣審議会で乱場制を廃止する構想が提言されたこと,大石が環境庁長官に就任したことで乱場制廃止がアジェンダ設定されたことが示された。また,政策アントレプレナー仮説による分析の結果,大石と乱場制の支持基盤である狩猟者団体や自民党内の狩猟族議員との間で代替的な政策アイデアの調整がされなかったことで狩猟事故防止や鳥獣保護へ向けて制度が転換しなかったと示唆された。今後の制度設計においては,適切な合意形成やコンフリクト回避を図るガバナンスが求められる。