抄録
Wernicke領域を中心とする腫瘍により突然発症した漢字の純粋失書例を報告する。漢字・仮名の読字,仮名の書字は正常であった。周辺浮腫の影響からいわゆる左側頭葉後下部病変による漢字の失書との関連性が考えられたが,突然発症という点で特異であると思われた。仮名・漢字の書字とは素朴には一連の筋肉運動の系列を行い,一定の形態を生み出すことであり,また読字という行為も音読という運動を行わせなければ測定できないものである点から,書字も読字も能動的な行為として共通する面があると考えた。また漢字はその読みと形態が多対多対応であり,仮名は一部の例外を除いて一対一対応であると考えられる。漢字・仮名とも書字に際しては意味・音韻・形態の3つの要素が脳後方領域から前頭葉の運動領域に対して制御をかける必要があり,仮名・漢字書字の差異はこの3者の重みの差によるものと考えた。いわゆる「文字の視覚心像」が角回に存在するという従来の考え方を批判し,「制御」という観点を強調した新たな書字・読字のモデルの提案を試みたので報告する。