年報カルチュラル・スタディーズ
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暴かれる秩序の暴力
――チェコ共和国における3つの追放論――
坂田 敦志
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2022 年 10 巻 p. 33-56

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抄録
 本論は、チェコ共和国の政治活動家ヤン・シナーグルの「追放」をめぐる言論が、1989年の社会主義体制の崩壊に伴って成立した新たな秩序が孕む暴力をいかに明るみに出しているのかを跡づけようとする試みである。「追放」とは、第2次世界大戦末期からポスト大戦期にかけて、殺害や財産の収奪といった暴力的な手段を用いてチェコ系住民がドイツ系住民を国外へと追放した出来事を指す。シナーグルは2011年3月および同年10月に「追放」について自身のウェブサイト上で独自の主張を繰り広げたことで、2012年7月、複数の市民活動家に告訴され、「反体制的見解」の持ち主として警察に起訴されることになる。本論はクロード・レヴィ=ストロースの神話論の手法に学びつつ、「追放」をめぐるシナーグルの言論を次の2つの言論と比較する。1つは、「追放」が共産党による歴史から消し去られていた社会主義期において、「われわれ」自身の罪として「追放」を問題化したスロヴァキアの歴史学者ダヌビウスの議論、もう1つは、チェコ及びスロヴァキア連邦共和国の初代大統領として「追放」に言及したヴァーツラフ・ハヴェルのプラハ城演説である。そのうえで、ヴァルター・ベンヤミンの暴力批判論を手掛かりに、「追放」をめぐるシナーグルの言論が「神的暴力」として、穢れなき「われわれ」という自己イメージが孕む「神話的暴力」をいかに暴露しているのかを明らかにしていく。
 本論はポスト社会主義研究のなかでも、社会主義期以前の過去にまつわる記憶の現代的作用を扱った一連の研究のなかに位置づけられる。これらの研究においては、過去にまつわる記憶がポスト社会主義の時間・空間の編成にいかに関与しているのかという観点から、ポスト社会主義を成立せしめる条件の解明が試みられてきた。本論はこれらの研究の問題関心および研究手法を継承しつつ、秩序の暴力を暴露する政治活動家の言論が、ポスト社会主義を編成する論理を組み替える契機として働いている可能性を指摘することによって、ポスト社会主義からポスト社会主義以後への移行がチェコ共和国の政治・文化的領域においていかに生じているのかを解明するための端緒を示す。
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© 2022 カルチュラル・スタディーズ学会
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