抄録
立原正秋による小説の中で、日本と朝鮮半島にルーツをもつ混血の主人公を描く作品として最もよく知られているのは「剣ヶ崎」(1965) である。しかし、立原はこの作品の前後にも同様のルーツをもつ主人公を描く作品を執筆しており、この混血のモチーフを継続して扱っている。本稿では、これまでの研究や批評で指摘されてきた立原自身の出自――混血ではなく純粋な朝鮮人としての出自――を踏まえた上で、混血を扱う作品を改めて整理・分析する。つまり、立原自身は純粋な朝鮮人でありながら、小説では混血の主人公を描いていた事実に着目し、この作家と作品の間に存在する乖離について考察する。本稿全体としては、混血の主人公を描くなかで、朝鮮半島の植民地支配や太平洋戦争の歴史を経由した悲劇性を主人公にまとわせ、彼を作者自らの投影として読者に提示することで、立原が独自の作家像を確立していたと主張する。
理論的枠組みとしては、アフリカ系アメリカ人作家W.E.B.デュボイスが提唱した「二重意識 」の概念を援用する。デュボイスは、アメリカで人種差別を受けるアフリカ系アメリカ人の意識にある、相入れない二重性を指摘した。この二重意識の概念の援用により、立原の混血の主人公もまた、日本人と朝鮮人の二重の視点を内在化させている点を指摘する。さらに本稿では、彼の作品を読者受容論に接続し、作者像の変容・確立に影響を与えた読者の役割を検討する。立原は、キャリアの最初期には日本による統治下の朝鮮半島を舞台にした社会的な小説を書いているが、その後、在日朝鮮人文学とは一定の距離を取りつつ、悲劇という審美性を備えた作品の執筆に専念した。この審美主義的な「混血」作家像は、作品のみならず、立原自筆の年譜や、作品の文庫本の巻末に付けられた批評家の解説などの作品外の要素とも結び付き、複合的に構築されたと考えられる。