抄録
本稿では、『ドラえもん』を中心に、アニメが国境を越える際における声の流通と受容を
検討する。特に、2015年に中国で公開され、5.29 億人民元の興行収入を記録した3DCG映画『STAND BY ME ドラえもん』(2014)の興行的成功に注目し、「子供時代の記憶」を呼び起こす要素として声優の役割に焦点を当てる。中国では『ドラえもん』に複数の吹き替え版が存在するが、同映画では1991年に中国中央テレビでドラえもんの声を担当した劉純燕が起用された。劉純燕の再起用は、単に彼女が以前ドラえもんの声を担当していたからではなく、彼女が中央テレビ局の子供向け番組の司会者「金亀子」としてテレビ出演していた背景と相まって、大人観客の感情的共鳴を引き起こす狙いがあったものと考えられる。
これまで声がトランスナショナルな流通と受容における媒介的役割を果たしていることが注目されることは少なかった。この点を踏まえ、本稿では、石田美紀(2020)やRayna Denison(2017)などの声優に関する研究、Thomas Lamarre(2018)やAlexander Zahlten(2019)によるアニメとメディアの連関性に関する研究を参照するとともに、岩渕功一が論じる「現地化」(2001) やインターアジア的参照(inter-Asian referencing, 2017)というアプローチを取り入れながら、声優がアニメのトランスナショナルな流通において果たす役割を再考する。本稿では、吹き替えが果たす役割が単なる言語の変換にとどまらず、視覚と聴覚の複雑な関係を通じてアニメの受容に大きな影響を与えることを明らかにし、また声優の個性がアニメのトランスナショナルな流通においてメディア環境や観客との相互作用の中で意味を持つことを示す。
要するに、ドラえもんの吹き替えにおける声優の役割を分析することで、アニメの越境的流通と受容における「声」の重要性を捉え、現地化とメディアの関係性を再考する。これにより、アニメ作品の越境的流通における文化的、政治的意義を、「声」という新たな視点から捉えることができる。