年報カルチュラル・スタディーズ
Online ISSN : 2434-6268
Print ISSN : 2187-9222
「連帯」の光と影
第三世界都市バンドンにおける植民地主義とその脱却
金 悠進
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2019 年 7 巻 p. 47-71

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抄録

1955年、アジア・アフリカ会議がインドネシアのバンドンで開催された。植民地主義に反旗を翻す舞台となった「バンドン」は、しばしば第三世界の連帯の象徴的記号として捉えられる。本稿は、このような反植民地主義の連帯としての「バンドン」イメージを相対化し、よりローカルな文脈から、異なる都市イメージの構築を目指す。具体的には、バンドンの若者たちによる文化実践がなぜ植民地主義の残影を引きずり、いかにしてナショナル・アイデンティティを喪失しつつも西洋の模倣から脱却していったのかを論じる。主にポピュラー音楽を中心に、近代美術やイスラームなどバンドンのローカルな日常の文化実践における特殊性/多様性に着目しつつ、アジア・アフリカ会議の「裏」舞台を描く。上記分析過程を通じて、「インターアジア」におけるカルチュラル・スタディーズの分析枠組みを提示する。
 脱植民地主義を掲げる戦後最大の歴史的出来事として、アジア・アフリカ会議が植民地都市バンドンで開催されたという文脈は、現在に至るまで当該都市の文化実践を規定してきた。にもかかわらず、国家の共産主義化、脱植民地主義化と乖離するかのように、バンドンの若者たちが脱イデオロギー的な西洋志向の文化実践に傾注し続ける背景を、近代美術を事例に論じる。さらに、西洋模倣型の実践形態が都市における庶民的・国民的文化の周縁化、ひいては新たな植民地主義への構造的加担に帰結する背景を1970 年代のポピュラー音楽における対抗文化的実践から明らかにする。最後に、イスラームが新たな文化実践の代替的イデオロギーとして台頭することによる「新たな連帯」の萌芽を提示する。

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© 2019 カルチュラル・スタディーズ学会
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