2015 年 51 巻 1 号 p. 20-25
農業への注目が高まる昨今,さまざまな経営形態の農業経営が見られるようになっている.小規模ながら有機栽培に集中し,収益性を上げる経営,大規模化によって規模の経済によりコストを削減しながら栽培効率を上げる経営,昨今の農政改革に伴い,企業ノウハウを活用した事業の多角化・6次産業化によって新たな市場開拓を行う経営など,その方向性はさまざまである.このような多様化の流れの中で,これまで農業経営における収益性の確保として,出口戦略としての販売面での研究は数多く為されてきたが,経営管理としての購買面での研究はほとんど為されてこなかった.渋谷(2010)は,農外企業からの農業参入の際に必要となる戦略の一環として,施設整備から生産にかけての内容をポーター(1985)のバリューチェーンに沿って分析しているが,農家・農業経営体そのものの購買戦略には触れていない.
しかし収益性向上の観点からみた場合,販売戦略によって売り上げを向上することはもちろん重要だが,購買戦略によってコストを削減することもポーターが述べるバリューチェーンにおいては重要な局面であると言える.つまり収益性を確保・向上させるためには販売活動と同じく購買活動についても戦略的に管理していくことが求められていると言える.
収益性を確保するためには,価値としてのキャッシュの流れと,実際の物の流れとの差異をコントロールすることが求められる.つまり,購買活動で必要となる能力として,他事業者との取引を物流,キャッシュフローともに円滑に行うことが必要となる.農産物を生産するために必要な物流に着目したサプライチェーン上でどのような取引を行うかが,バリューチェーンを構築するための基礎となると考えられる.また,農業においても,企業的な経営感覚が持ち込まれるようになり,一般商慣行に沿った取引活動が,今後期待されていくと予想される.しかし,農業の特質ゆえに一般商慣行に沿うことが難しい内容も含まれる可能性がある.
そこで本研究では,農業経営における購買活動に着目し,農業経営体の購買取引の実態を明らかにするとともに,取引交渉を行うために必要な要因とその関係性を明らかにすることを課題とする.これは,農業における取引要因が導く取引条件と,一般商慣行における取引条件とが整合するか否かを明らかにし,収益性の高い農業経営を営むために必要なサプライチェーンの構築に必要となる要件を明らかにすることにつながる.
バリューチェーンはポーター(1985)が提示した一企業内における付加価値創出のための連鎖である.バリューチェーンは会社がどのような業界に属しているか,またその業界の中でどのような戦略をとるかによって,競争優位を生み出すための分析ツールとしてまとめられた.つまりバリューチェーンは業界構造や社会情勢の変化が起こった際に,業界全体や企業,事業において,どのように付加価値を創出するかを見るためのツールである2.このツールを活用するために必要としたのが戦略であり,ポーターは①差別化戦略,②コストリーダーシップ戦略,③集中戦略を基本戦略としてまとめている.このうち,①と②は価格決定に関する戦略,③はターゲット市場の広さを決定する戦略と言える.
バリューチェーン・モデルの基本形では,一経営体における5つの主活動(「購買物流」「製造」「出荷物流」「販売・マーケティング」「サービス」)とそれらをサポートする4つの支援活動(「調達活動」「技術開発」「人事・労務管理」「全般管理(インフラストラクチャ)」)のそれぞれの活動による付加価値の創出と合わせて,それぞれの活動の連鎖による付加価値の創出とが示されている.ポーターは,業界内において競争優位を確立するためには,チェーン全体としての企業ないし事業,およびそれぞれの活動における基本戦略の選択が重要であるとしている.つまり,ポーターの理論による付加価値の創出には,すでに主活動・支援活動の連鎖が構築していることが必要であり,それぞれの活動の連携の組み換え,新たな連携の構築によるバリューチェーンの再構築によって,新たな価値が創出される.
一方サプライチェーンは,1983年にアメリカのコンサルティング会社がまとめたマネジメントモデルである.一企業内に限らず,業種業態の違いを超えた原材料の調達から最終需要者に至るまでの物流プロセスを評価する際の共通言語として用いられた.サプライチェーン構築においては,サプライチェーン上での各活動における課題を明確にし,その課題解決に取り組むことが求められる.つまり経営課題を明確にした上で,その課題解決を提供する取引先と協力しながら最適化されたサプライチェーンを構築し,そこに支援活動が関係することで付加価値を生み出すバリューチェーンが構築されるとまとめられる.
(2) チェーンと商慣行との関係性企業の主活動を行うに当たって必要となるサプライチェーンを構築するには,それぞれの企業が取引を行う際に慣行として取り決めている商慣行が存在する.逆に捉えると,その商慣行に合致しない企業同士が取引を行う機会はまれであり,サプライチェーンを構築する際に重要な役割を果たしている.
ここで一般的な商取引について確認する.一般企業の商取引は信用取引が基本であり,「掛け」による売買が通例化している.掛売・掛買によってキャッシュフローのリスクを分散させているとも言える.この掛けによる取引を円滑に行うために取引条件が設けられる.取引条件は,①締日と②支払サイト,③支払方法によって決められる.①締日は取引ごとに支払いを行うのではなく,一定期間の取引すべてを一括して支払うために設けられる期日を指す.②支払サイトは締日から何日後に実際の支払いを行うか,その期間の長さを指す.③支払方法は現金や銀行振り込み,手形支払いなど,支払う方法を指す.例えば1か月の支払いを月末にまとめて合計金額を次の月の末日に現金で支払う際には「当月末締め翌月末現金払い」という取引条件が設定される.この取引条件では1か月分の取引金額が合計されるため,合計金額が高額になる可能性があるが,その分支払いに1か月の猶予が与えられていると捉えられる.
いかに効率化を図れるサプライチェーンを設計できたとしても,他企業との取引を行う際に,この取引条件の内容によっては,取引を行うことができない可能性がある.取引リスクを調査することは「与信管理」「ファクタリング」と呼ばれ,商慣行では一般的に行われている.与信管理で調査される内容は,企業概要から従業員数,設置設備,取引先や取引銀行,業績や資金現況など多岐に渡り,売掛リスクが発生しそうな場合,ファクタリング会社やリース会社を通じて取引を行うことが多い.
このようにして交わされる取引条件は㋑取引金額が大きいほど支払サイトが長くなる,㋺取引金額が大きいほど手形が用いられる,㋩経済状況の悪化により与信管理が厳しくなるという特徴を持つ.㋑の理由としては,金額が大きくなるほど支払金額調達にかける期間を長くするためである.㋺の理由としては銀行の当座預金口座を利用することで,取引先が手形から現金化するまでの期間をさらに考慮することができるからである.㋑・㋺の理由により企業は即現金を回収する機会が低下することによって,経済状況が悪化した際に㋩のように現金をできるだけ早く回収しようとする動きが見られるようになる.
(3) 農業におけるチェーンの現状農業のサプライチェーンを構築する一活動としての購買活動についてはあまり研究されてきていない.農林水産省が2013年に行った調査では,農業資材の中でも肥料と農薬,農業用機械についての購入先の現状を把握し,購買の変化による効果の検証を行っている.調査は農林水産情報交流ネットワーク事業の農業者モニター1,269人に対して意識・意向調査を実施し1,101人から回答を得た結果である.
同調査によると,肥料の主な購入先について,「農協」と回答した割合が73.9%と最も高く,次いで「農協,ホームセンター以外の販売店」(19.2%),「ホームセンター」(3.7%),の順となっている.農薬の主な購入先について,「農協」と回答した割合が73.6%と最も高く,次いで「農協,ホームセンター以外の販売店」(20.8%),「ホームセンター」(3.3%),の順となっている.農業用機械の主な購入先について,「農協,ホームセンター以外の販売店」と回答した割合が57.0%と最も高く,次いで「農協」(38.5%),「ホームセンター」(1.0%)の順となっている.
また肥料に関しては「農協が推奨している」(45.7%)ことが購買先の選定理由の第一に挙げられているが,同程度の割合で「価格に見合った効果が得られる」(41.9%)ことも選定理由として挙げられている.農薬については「価格に見合った効果が得られる」(49.7%)ことが第一に挙げられているが,近い割合で「農協が推奨している」(41.5%)ことも挙げられている.農業用機械については「アフターサービスがしっかりしている」(81.9%)ことが第一の理由として挙げられているが,ついで「購入先との長年の付き合い」(62.2%)も理由として挙げられている.
この調査結果より,品質向上やコスト削減に向けた取り組みといったバリューチェーン構築のための取り組みにおいて既存のサプライチェーンを選択する傾向があることが読み取れる.一方で木下(2014)は,農業におけるサプライチェーン上での購買活動においてJAの経済事業と金融事業との連携の視点から,農業経営体の収入の不安定性と不安定ながらも回収の確実性があることが.農家の営農計画・資金計画への動機付けを低めていることを指摘している.これはJAの経済事業・金融事業の総体を見た結果としてまとめられているが,つまり多くの農業経営は,収益の不安定性を契機とした消費ないし取引先の選択を行うとまとめられる.しかし,収益性を志向した上でJAとの取引以外に他行を利用する,ないし取引交渉を行うことで販売・購買ともに計画的に行っている農業経営体の存在も無視できない.
上述のような状況の中,実際に農業経営体がどのような取引を行っているかを明らかにするため,アンケート調査及び聞き取り調査を2014年6月に実施した.この調査では,農業経営における購買取引に焦点を当て,農業における既存の取引条件を明らかにすることを目的としている.調査対象は,経営作目・規模によって限定せず,日本全国の農業経営体を対象とした.85の専業農家へアンケート調査を出し,20農家の回答を得た他,3農家には個別に聞き取り調査を行っている.調査結果は表1の通り.
規模 | 品目 | 購買先 | 支払方法 | 規模 | 品目 | 購買先 | 支払方法 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
0.2 ha | 野菜 | インターネット | カード決済 | 2 ha | 果物 | JA | 同月分翌月支払 |
専門業者 | 末締同月払い | 専門業者 | 年末一括現金 | ||||
ホームセンター | 即金 | 4 ha | 水稲 | 専門業者 | 指定口座振込 | ||
肥料工場 | 即金 | 野菜 | |||||
0.2 ha | 果物 | JA | 同月分翌月支払 | 6 ha | 水稲 | JA | 同月分翌月支払 |
専門業者 | 現金集金 | 花卉 | 専門業者 | 即金 | |||
0.2 ha | 野菜 | 専門業者 | 末締同月払い | 6.7 ha | 野菜 | 専門業者 | 都度交渉 |
0.3 ha | 野菜 | ホームセンター | カード決済 | 水稲 | |||
0.5 ha | 野菜 | 専門業者 | 現金集金 | 8 ha | 野菜 | 専門業者 | 翌々月末締締後翌月25日現金 |
0.6 ha | 野菜 | ホームセンター | 即金 | 11 ha | 水稲 (一部野菜) |
JA | 同月分翌月支払 |
0.65 ha | 野菜 | 専門業者 | 契約による自動引落 | 専門業者 | 交渉 | ||
指定口座振込 | 23 ha | 水稲 | JA | 同月分翌月支払 | |||
0.8 ha | 野菜 | JA | 同月分翌月支払 | 38 ha | 水稲 | JA | 同月分翌月支払 |
専門業者 | 現金集金 | 専門業者 | 半期締払い | ||||
契約による自動引落 | 42 ha | 水稲 | 専門業者 | 1回/年の支払 | |||
ホームセンター | 即金 | 野菜 | |||||
0.9 ha | 野菜 (一部水稲) |
JA | 同月分翌月支払 | 59 ha | 水稲 (一部雑穀) |
JA | 同月分翌月支払 |
専門業者 | 半期締払い | 専門業者 | 交渉 | ||||
即金 | 300 ha | 酪農 | JA | 同月分翌月支払 | |||
1 ha | 野菜 | 専門業者 | 即金 | 専門業者 | 末締翌月~3か月後引落 |
資料:調査結果より作成.
1)養蜂業2農家の結果は,経営規模測定方法が異なるため,この表には記載していない.
調査結果により農業の購買活動において取引方法を決定している要因として,一般商慣行における取引条件と与信管理内容とを照らし合わせて考えると,納期や価格,商品・製品情報といった外部要因と合わせて,アンケートの結果から①経営規模,アンケートとアンケートを踏まえた上での聞き取り調査の結果から②営業キャッシュフロー,③交渉機会の3つの内部要因があるとまとめられる.農業経営体がコントロールできる要因としての内部要因に焦点を当て,それぞれについて詳細に検討する.①経営規模については,経営面積によって取引交渉の方法に変化があることがアンケート結果から読み取れる.小規模経営の場合には即金による取引が主であるのに対し,規模が大きくなるにつれて取引先との交渉を行うことが見て取れる.これを聞き取り内容から考察すると,小規模の場合,取引金額が小さいことや農業外収益による現金確保により取引先と交渉の必要性が低くなっていることが考えられる.またこの場合,支払いを先送りする方法としてカードでの支払いを選択する農業経営体が見られる.外部要因としても品質が同じと分かっているものであれば納期優先で取引先を変更することもある.つまり取引先との取引条件を交渉するという選択ではなく,取引先や支払方法を選択している状態であると言える.
一方,大規模になると,ある程度の交渉力を持って契約ないし口頭による支払いの先延ばしを行っている.その規模を見てみると,1 haを超えると取引交渉を行い始めることが分かる.つまり,規模拡大を行い1 haを超える経営になると,購買活動において取引先と交渉を行う必要があるほどの購買量になると考えられる.また,特定の取引先と交渉を行うことにより,他の取引先との取引交渉にかかるコストを抑えようとする農業経営体も存在している.ただし,経営面積の拡大に伴い,経営品目も野菜から水稲等へと変化しており,経営品目や売上高と交渉力との関係性についても今後実証する必要がある.
②営業キャッシュフローは,支払期日の先送りをする理由として考えられる.ここでは特に農業の特質が関係していると考えられる.農業生産上の特質として考慮すべき問題として以下の3点を挙げる.1つ目は生育条件があることである.製造業のように年間を通して同一商品を計画通りに生産ができず,生産品目や天候によっては安定的な生産が見込めない.このことは,お金の流れで見た場合,収入と支出がともに季節限定的であることを指す.
2つ目として生育・生産期間が長いことである.つまり生産開始から販売金額回収までの期間が長く,季節限定的であるがために,原材料の納期が生産に影響を与えにくい.このことは売り上げたときから実際の収入になるまでの遅さを指すと同時に,支出が継続的であることを指す.これを表にまとめると表2の通りである.
特質 | 収入 | 支出 |
---|---|---|
生育条件がある | 限定的 | 限定的 |
生育・生産期間が長い | 限定的 | 継続的 |
資料:筆者作成.
これにより農業経営における営業キャッシュフローの特徴として,収入は販売完了後にまとめて回収する一方,支出は生産開始時のみならずその後も継続的に必要であり,安定的ではないことが分かる.つまり農業経営においては収入機会よりも支出機会が多く,慢性的に営業キャッシュフローが悪くなっている可能性がある.この営業キャッシュフローが安定的であるかどうかが契機となり,支払期日の先延ばしを行うか否かを決定していると考えられる.この点については本研究では個別農業経営体からの聞き取り内容を元に考察しているが,今後,経営形態や売上高を考慮した上で実証していく必要がある.
3つ目は生産のローテーションを行っている場合に見られる特質である.上記2つの特質によるキャッシュフローの悪さを解消するために,生産開始日をずらしたり,多品目生産を行うことによって,収入の機会を増やしている.水耕栽培はこの特質を活用できる栽培形態であると考えられるが,現状においては栽培ノウハウ等は契約上とされることが多く,水耕栽培における取引方法についても他品目と同様,精緻な研究が必要であり,今後の課題としたい.
最後に③交渉機会は,購買活動を行うに当たって,支払の交渉を行う機会を持つかどうかである.小規模経営で,即金での支払いよりもカードの利用を選択し,支払期日の先延ばしを行っている農業経営体は,カード会社の支払期日によって支払い日,支払方法が規定されるという側面もあるが,この場合は交渉を行う以前に,交渉を行うことができる取引先を選択しているかという時点を捉える必要がある.つまりこの場合,交渉機会を持たないのではなく,交渉しないという選択をしていると考えられる.また,作目によっては,資材が特定の取引先からしか購入できないこともあり,農業経営体に取引条件の交渉を行う機会が与えられないが,それが故に購買を計画的に行っている側面もある.
JAから資材を購入している農業経営体については,JAの取引条件に沿うように支払が行われるように決められており,支払期日の先延ばし交渉を行う機会が与えられていない.この場合,交渉をしないという選択をしている農業経営体も見られる一方,取引条件の交渉をしない代わりに,価格や納期といった外部要因における交渉を行っている農業経営体も見られる.このように取引先から提供される外部要因と交渉機会との関係性については,次回に検討したい.
JAとの購買取引における取引においては,大規模経営になるほどシビアになっている.付合いとしての取引は行うものの,JAからの購買を最小限に留める,ないし取引自体をやめてしまい,支払期日の先延ばしが交渉可能な他の専門業者からの購買を増やす農業経営体も複数見られている.つまり,支払に関して交渉機会が与えられているかどうかが,取引を行う契機となっていると考えられる.
(3) 要因間の関係購買取引と取引条件決定要因
資料:筆者作成.
これら3つの内部要因は互いに関係しあっている(図1).交渉機会に関しては,機会が与えられなければいくら面的に大規模経営を行っていたとしても,営業キャッシュフローを安定的に保つための取引条件の交渉は行えない.本研究では規模の大小が取引条件の交渉に影響を与えていることが明らかとなった.その一方で,大規模に生産している農業経営体においても営業キャッシュフローが安定的であるならば,取引条件の交渉を行う必要性が低くなることが考えられる.また小規模経営で営業キャッシュフローが不安定であったとしても,取引規模が大きくないため,取引条件の交渉ではなく取引先や取引方法の選択をすることも明らかとなった.つまり,取引先に対して取引条件の交渉を行うのは,大規模に経営を行いながら,交渉機会が与えられた状況下で,営業キャッシュフローが不安定であることを自覚している経営のみであるということがまとめられる.
以上により,農業における購買活動において,農業経営体の内部要因として①経営規模,②営業キャッシュフロー,③交渉機会の3つの側面から,既存のサプライチェーンを最適化するために取引方法の交渉を行っているのは,大規模に経営を行っている農業経営体であることが分かった.つまり面的規模拡大が取引条件を交渉する一条件として挙げられる.
しかし上記の農業経営体における現状の取引交渉は,既存のサプライチェーンを活用し,最適化するためのものであり,当初に確認した一般商慣行とはそぐわない可能性が残る.今後,キャッシュフロー安定化のために6次産業化に取り組んだり,更なる大規模化を図る際に,新たにサプライチェーンを構築したり,既存のサプライチェーンを見直す場合が想定される.その際,一般商慣行で取引を行う企業が期待する取引条件と農業経営体が行う取引交渉とが合致せず,他企業とのサプライチェーンが構築できない,すなわち自経営の中で新たな価値を生み出すはずのバリューチェーンが構築できず,事業の進展を阻む可能性が大いにある.一般商慣行を期待する企業にとって取引を行う際の与信管理は昨今さらに厳しくなっており,農業経営体が提示する交渉内容では与信できず,取引先としてみなされない可能性がある.また,取引条件が合わず,新たな取引先を探索するコストが大きくなることにより,特定のサプライチェーンのみに固定化することによっても,バリューチェーン創出機会は低下し,コストダウン・差別化双方ができなくなる可能性も考えられる.
農業への企業感覚の導入に際して,より複雑化するサプライチェーンをいかに構築し,最適化するかに関しては,農業における取引交渉に必要な要件・提示する交渉内容と,一般商慣行における取引条件とのインターフェースのズレとを解消することが必要と考えられる.例えば,内部要因としての営業キャッシュフローについては,生産品目によっても規定される.また,交渉機会については生産品目によるもの,地域性があるものがあることも知られている.ゆえにそれらの特性を踏まえた上で,精緻に農業経営体のキャッシュフローを明らかにし,農業経営体側の一般商慣行の受け入れはもとより,商業経営側からの与信管理方法の見直しも含めて,一般商慣行とのすり合わせを行っていくことが必要である.このすり合わせの際に必要となる取引コストも含め,購買取引における課題の解消要件を明らかにすることを今後の課題としたい.