農林業問題研究
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個別報告論文
中山間集落営農法人における放牧畜産の評価と課題
千田 雅之渡部 博明
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2015 年 51 巻 2 号 p. 104-109

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1. はじめに

集落営農法人は中山間地域の農業の担い手として期待され,稲作中心の営農が行われているが,近年の稲作収益低下のもとで事業の多角化に取り組む事例が増えている.他方,食用米需要の減少する中で,自給率の低い家畜飼料の増産をはかるため,水田の畜産利用の推進は重要であり,小区画の水田圃場が多く労働力の限られる中山間地域においては,放牧を用いた家畜生産の展開が,水田の省力管理及び収益確保の有効な方法として期待される.水田放牧は,山口県,広島県などを中心に着実に増加しており,近年は,耕種経営や集落営農と連携した水田放牧や集落営農自体が水田放牧を梃子に繁殖牛を飼養し始める事例が増えている.集落営農法人による繁殖牛飼養は,全国的にその飼養頭数の減少が懸念される中で,子牛生産の新たな担い手としても期待される.

これまで,集落営農法人の事業多角化の展開に関して,梅本(2010)等による組織論的観点から研究が行われているが,その対象は農産加工や果樹や野菜作であり,農地活用を含む畜産利用による事業展開の可能性に論究した研究は行われていない.また,肉用牛繁殖経営における放牧の評価研究に関しては,千田(2008)等があるが,集落営農法人における水田放牧の実態やその評価研究は行われていない.

したがって家畜飼養経験の無い稲作中心の集落営農法人において,繁殖牛の放牧飼養を前提とする子牛生産が円滑に行われるかどうかについては不明点が多く,その評価や今後の展望について以下の点等について検証すべきと考える.①中山間の集落営農法人において放牧畜産はどのように評価されているのか,②その子牛生産は慣行飼養と比べて低コストであり収益性は高いのか,③稲作収益の低下するなかで,放牧畜産の収益向上を図り,集落営農の基幹部門に発展するうえでの課題は何か,等である.

本研究では,稲作と肉用牛の複合経営を営む集落営農法人を対象に,放牧畜産の実態を生産管理面から明らかにするとともに,作業労働の内容と時間及び収益性を分析し,改善に向けた課題を検討する.

2. 集落営農法人による放牧畜産の評価

まず,アンケート調査から,集落営農法人における放牧畜産の位置づけと評価,問題点を把握する.広島県では23の集落営農法人が水田放牧を行っている.三次市には集落営農法人が22組織存在するが,2004年以降に7法人が水田放牧を開始し,内5法人は繁殖牛を自己資金で購入し保有する.また,3番の法人は他法人に牛を貸し出し,1,2,6,7番の法人は構成員や他の経営から牛を借り入れる(表 1).

表1. 放牧畜産導入法人の概要(広島県三次市)
法人番号
(放牧開始年)
繁殖牛頭数 経営面積
(ha)
主な作目と作付面積(ha) 放牧面積(ha) 解消された
遊休地(ha)
子牛出荷月齢 今後の意向
水稲 牧草 その他 転作田 水稲裏作
1(2008) 12[4] 66.0 42.0 6.8 稲WCS 2.2 2.0 2.2 8か月 維持
2(2011) 12[3] 67.8 53.0 5.2 稲WCS 5.2 5.0 2か月 維持
3(2007) 12(4) 34.0 23.0 3.9 野菜 3.0 3.8 4.5 1か月 増頭
4(2009) 8 29.0 18.0 4.0 野菜 2.0 3.5 3.0 8か月 増頭
5(2012) 3 15.0 6.7 1.5 稲WCS 1.4 0.4 1か月 維持
6(2004) 0[4] 27.9 15.7 3.4 大豆・野菜 1.7 1.7 なし 維持
7(2012) 0[8] 30.0 22.7 1.4 大豆・野菜 0.8 0.2 1.4 なし
平均 6.7[2.7] 38.5 25.9 3.7 2.3 1.4 2.6
三次市以外の放牧実施は16法人,繁殖牛保有頭数1~22頭(平均7.7頭).

1)繁殖牛頭数は保有頭数.[ ]は借入頭数,( )は貸出頭数.広島県北部畜産技術指導所及び筆者調査.

7法人の平均経営面積は約39 ha,そのほとんどが水田であり水稲作付面積は約26 haである.転作作物は牧草が多くその作付面積は平均3.7 haである.繁殖牛の保有頭数と借入頭数の合計9.4頭で除すると40 a/頭であり,牛の粗飼料はほぼ自給されていると考えられる.転作田の放牧面積は2.3 haであり放牧後に解消された遊休地の面積にほぼ等しい.このほかに4法人が水稲裏作で放牧を行う.牛の飼養管理は3番と5番の2法人が輪番で行い5法人は特定の構成員に委ねている.生産物の子牛は,3法人が生後1~2か月齢で市場販売する.

放牧導入の効果について尋ねたところ,7法人が「耕作放棄・保全管理田の解消」,5法人が「小区画・広畦畔圃場の管理作業の軽減」を評価している.しかし,「法人の収益増加」,「地域の活力向上」の回答は3法人,「獣害の軽減」,「就労機会の拡大」の回答は,2法人,「経営面積の拡大」の回答は1法人にとどまる.なお,これらの回答数は放牧開始の目的にほぼ等しく所期の効果は得られている(表2).

表2. 放牧畜産導入の効果と問題点
(放牧導入の効果) 回答数 割合(%)
耕作放棄・保全管理田の解消 7(6) 100
小区画・広畦畔圃場の管理軽減 5(4) 71
地域の活力向上 3 43
法人の収益増加 3 43
構成員の就労機会の拡大 2(2) 29
獣害の軽減 2(2) 29
経営面積の拡大 1 14
(放牧畜産実施上の問題点)
子牛の流産等の事故 5 100
舎飼牛の飼料確保 3 60
牛舎での飼養管理 3 60
季節による牧草の過不足 4 57
放牧牛の捕獲・移動 3 43
圃場の硬度化・耕起作業 3 43
獣害の拡大 2 29
畦畔の崩壊 1 14
給水等の放牧管理負担 0 0

1)表1の7法人の調査(2013年8月実施)による.( )内は放牧開始の目的に対する回答数.

他方,放牧畜産実施上の問題点では,子牛生産を行う5法人すべてが「子牛の流産等の事故」を回答し,3法人が「牛舎での飼養管理の負担」,「舎飼牛の飼料確保」を回答している.また4法人が「季節による牧草の過不足」を,3法人が「放牧牛の捕獲・移動」,「圃場の硬度化・耕起作業の負担増」を回答している.また,牧草地のシカ侵入など「獣害の拡大」を回答した法人もある.

総じて言えば,遊休農地の解消や畦畔除草を含め小圃場管理の省力化については評価しているが,家畜の生産販売を通じた法人収益の増加はさほど顕者ではなく,牛の事故や飼養管理の負担,飼料の確保に課題をかかえている状況がうかがえる.そこで,構成員に畜産農家が存在せず輪番で家畜管理を行う3番のK法人を対象に,家畜生産管理,作業労働,収益の実態を詳しく見ていく.

3. K法人における放牧畜産の実態

(1) K法人の営農概要

K法人は構成員34名で2002年に設立された.農繁期の臨時雇いを含め農業労働力は多いが,ほとんどは高齢者である.経営耕地33 haのうち水張り面積は27.4 haで畦畔や道路法面が多い.水稲作付圃場は23 haで,集落の中心部を流れる河川沿いの基盤整理された場所に位置するが,一筆当たり平均面積は13.5 aである.このうち378 aは裏作に牧草を栽培し放牧利用する.山沿いの水田圃場390 aは,平均面積約5 aと小さく,転作田として牧草を栽培し,うち295 aは畦畔管理も含めて主に放牧利用する.このほか,構成員の就労機会確保のため61 aで多種類の野菜栽培を行う(表3).

表3. K集落営農法人の経営概要(2013年)
概要 2002年設立(設立時:構成員34名,26 ha)
労働力 24人(平均年齢68歳,農業従事日数56日)
経営耕地 田33 ha(水張り面積27.5 ha,構成員外5.9 ha)(地代13千円/10 a,構成員外10千円/10 a)
家畜 繁殖牛12頭.子牛は1か月齢販売
作目・
作付面積等
水稲23 ha(食用米9.5 ha,酒造好適米12.5 ha等,13.5 a/筆),内378 aは二毛作(冬作牧草)
牧草390 a(放牧用295 a,採草用95 a,5 a/筆)
野菜61 a(ほうれん草,小松菜,玉葱等)
主施設 事務所,作業所,野菜ハウス,簡易畜舎
主な機械 コンバイン,田植機,動噴,小型ロールベーラー,小型ラップ機,フレールモア,畔塗機
経営間連携 圃場耕起(@4千円/10 a),水管理(@9千円),畦畔管理(同)の構成員へ委託.米の乾燥調製はJA委託.他法人に繁殖牛を貸与

水稲はすべて移植栽培で,5月上旬から下旬にかけて食用米のコシヒカリ,酒造好適米の八反35号,八反錦,千本錦,食用米の新千本の順に田植えを行う.耕起作業の多くは構成員に4,000円/10 aで委託する.水管理および畦畔除草も構成員にそれぞれ9,000円/10 aで委託するが,管理の困難な構成員が増えつつあり,法人自ら管理する圃場も少なくない.収穫は9月下旬から10月下旬にかけて行うが乾燥調製はJAに委託する.単収はいずれも540 kg/10 a前後である.24年産の販売単価(精算額)は,食用米のコシヒカリ1等の60 kgあたり14,560円,新千本1等の13,140円に対して,酒造好適米の八反錦は15,780円と高く,近年酒造好適米の作付を増やしてきている.裏作放牧を行わない田には牛ふん堆肥を1.2 t/10 a施用し,基肥に加えて追肥やミネラル施用も行うなど水稲の肥培管理は充実している.

ただし,25年産米の概算金はいずれも24年産より60 kgあたり2,000円,26年産はさらに2,200円~2,600円も低下しており,米の直接支払交付金も半減することから水稲収益は減少傾向にある.

(2) 家畜生産管理

K法人は設立後,転作対応と収益確保のため小区画圃場ではアスパラガスや大豆生産に取り組んだが失敗し保全管理で対応していた.その後,除草経費や地代捻出の可能な収益部門を模索するなかで,放牧畜産に興味をもち,2007年に経産の妊娠牛5頭を自己資金で導入し家畜生産に着手している.

法人設立時,構成員に牛飼養者はいなかったため,牛の飼養管理は6名(平均年齢74歳)が週交替で対応している.全頭舎飼の12月から3月上旬は給餌・給水・掃除等に朝夕あわせて3時間,放牧期間中は放牧牛の観察を含めて1日2時間をかけている.この飼養管理の対価は繁殖牛10頭までは1日2,000円,1頭増えるごとに150円加算される.

放牧期間は3月中旬から12月上旬までであるが,出産予定日の1か月前(妊娠末期)から出産後1か月後(授乳期)まではこの期間でも簡易牛舎で飼養する.子牛は育成技術等を要することから行わず,生後1か月齢で親牛から離乳し市場で販売する.離乳後,捕獲の容易な親牛は牛舎から離れた圃場に移動して放牧飼養する.授精は可動式の保定枠を放牧地に持ち込み発情牛を捕獲・保定して行う.捕獲困難な個体は牛舎続きの圃場に放牧し,妊娠確認後,近くの圃場へ移動して放牧する.

放牧中は放牧草以外の飼料はほとんど与えない.3月中旬から4月下旬,11月上旬から12月上旬は水稲裏作圃場で放牧し,5月~10月は転作田を中心に放牧する.水稲裏作の牧草栽培は,水稲収穫の2週間前に早生種のイタリアングラスを播種し,水稲収穫後に稲わらを収穫し化成肥料を20 kg/10 a施用する.また,気温の上昇し始める2月に20 kgの追肥を行う.転作田の牧草は放牧を終えた圃場から,10月に普通種のイタリアンライグラスを不耕起状態で播種し,同時に20 kgの施肥を行う.6月~7月に残草をフレールモアで掃除刈りした後,ミレットを不耕起で播種し20 kgの施肥を行う.転作田の放牧圃場は牛舎近くに約130 a,約1~2 km離れた場所に5団地(18~60 a)存在する.

採草地の栽培管理も同様であるが,5月から9月にかけて4回採草を行う.収穫調製は小型ロールベール体系でサイレージ調製する.この作業は3~4人で行っており,25 kg前後のベールを素手で持ち運ぶなど労働時間と負荷の大きい作業となっている.

2013年の放牧のべ頭数は1,872日頭,繁殖牛1頭あたり平均165日であり,妊娠確認牛のみ放牧する事例と比べて比較的長い.また,466日は法人外で預託放牧するためK法人の管理圃場での放牧は1,406日頭である.水稲裏作と併せた放牧地673 aで除すると10 aあたり放牧のべ頭数は21日頭と少ない.牧草播種や施肥が十分に行われているにもかかわらず,牧草が放牧に十分活用されていないことが推察される.

(3) 作業労働からみた繁殖部門の位置づけと課題

K法人の年間の農作業労働は約10,750時間(構成員委託作業を含む)で,部門別の割合は水稲59%,野菜22%,畜産18%の順に多い.この3部門の作業労働時間を月別に見ると(図1),4月から9月が多い.これは水稲作中心の営農であることによる.これに対して,野菜と畜産は年間を通じて作業のあることが見てとれる.現在は高齢の構成員の臨時雇いで対応可能であるが,近い将来3人~5人程度の専従者で営農を行わざるを得なくなる状況を想定すると農作業労働の平準化は解決しなければならない課題である.

図1.

部門別月別作業労働(2013年,K法人)

表4. 畜産部門の作業労働時間(時間)
作業項目 K法人 生産費(2012年)
畜産全体 1頭あたり 1頭あたり
10–20頭 中国地域
飼養管理 881 73 80 105
飼料生産 681 57 24 21
放牧管理 230 19 8 9
その他 104 9 10 10
1,896 158 121 145

1)生産費統計は計算期間を1年に換算して示す.飼養管理は給餌,排せつ物処理,授精や診療立ち会い,放牧牛の見回りを含む.放牧管理は牧柵の移設,牛の移動に関わる作業を集計.

水稲の作業労働は乾燥調製作業を除いても10 aあたり25.8時間(構成員への委託作業を含む)であり,生産費統計による中国地域5 ha以上の経営の17.1時間よりも多い.このうち水管理や畦畔除草が10 aあたり9.8時間と多く,法人に委託する圃場が増える傾向にあり今後大きな負担となることが予想される.また,獣害予防のためのネット等の設置に1.4時間を要しておりこの軽減も課題である.

4は,畜産部門の作業労働時間を集計したものである.年間1,896時間が費やされており,就労時間面では1人分の就労機会が形成されている.しかし,成牛1頭あたり作業労働時間は158時間と統計値よりも多い.放牧飼養し子牛育成を行わないにもかかわらず,飼養管理作業が意外に多いのは分散する放牧地で飼養する牛の見回りや牛舎での給餌や排せつ物処理作業が少なくないことによる.また,飼料生産作業で最も多いのは,牧草の収穫・運搬であり95 aの作業に464時間も要している.この原因は小区画圃場における小型ベール体系での収穫調製運搬作業による.さらに牧柵の移設,牛の移動など放牧管理作業も少なくない.

そこで,K法人の牧草生産コストを試算すると,10 aあたり約10万円,乾物1 kgあたり91円と計算される(表5).大型ベール体系で採草する茨城県のS牧場の事例と比べて,梱包資材や労働費が非常に高い点が指摘される.労働費は地元に還元される部分であるが,今後,労働力の確保が困難になることも予想されるため,外部からの稲WCSや牧草の購入,或いは中型ロールベール体系による牧草収穫作業の省力化が必要と考えられる.

表5. K法人の牧草生産コスト (円/10 a)
費目等 K法人 S牧場 備考(K法人)
牧草種子代 5,077 810 IR 3 kg, MI 3.5 kg
肥料代 5,370 7,776 3回施肥
梱包資材 29,816 6,534 ラップ等
機械償却費 11,186 43,864 小型ベール体系
労働費 48,611 6,300 労賃1,000円/時
100,060 65,284
単収(乾物kg/10 a) 1,100 1,650
生産コスト(円/kg) 91 40

1)K法人およびS牧場(茨城県)の畜産部門元帳,作業日誌より集計.K法人は堆肥散布なし.ベール乾物重量を15 kg/個として計算.

(4) 収益面から見た畜産の評価と課題

6はK法人の収益構造を部門別に分析したものである.売上高,経常利益ともに稲作が大きな割合を占める.また,稲作は製造費のうち労務費や構成員への作業委託費,地代など地元に還元される金額も大きい.畜産の売上高は製造費を下回り営業損失が大きいが,戦略作物助成,耕畜連携助成等の経営所得安定対策の交付金が多いため,経常利益が確保されている.労務費等の地元還元額と経常利益を合わせると約280万円となり,常雇一人を雇える付加価値が形成されている.野菜では地元に還元される労務費は多いが売上高はそれより少なく,補助金を加えた経常利益は赤字である.

表6. K法人の収益構造 (千円)
水稲 畜産 野菜 合計
売上高 28,575
(23,375)
2,445 1,641 35,116
(29,916)
製造費用 27,785 5,221 3,222 39,806
内労務費 4,082 1,690 2,321 10,600
内委託費 4,852 28 5,950
内地代 2,858 488 79 3,425
販管費 4,666
営業利益 789
(▲4,411)
▲2,776 ▲1,581 ▲9,356
(▲14,556)
営業外収支 3,450
(1,725)
3,366 214 11,553
経常利益 4,239
(▲2,986)
591 ▲1,368 2,196
(▲4,729)

1)労務費は実労報酬で単価は機械作業1200円/時,一般作業800円.合計にはその他の売上や一般管理費,追加労務費等を含む.( )は2014年産米の概算金,米の直接支払い交付金に基づく2014年の試算値.K法人総会資料(2013年度),部門元帳より集計.

深刻な点は,稲作部門の25年度売上高は米価下落により前年より約400万円減少し,26年度はさらに500万円以上減少すると見込まれることである.加えて米の直接支払交付金も削減されるなど稲作部門の収益は確実に減少傾向に推移している.稲作以外の収益向上が課題であるが,上述のように野菜部門の収益もすでに赤字である.

そこで,畜産部門による収益向上の可能性を探るため,その収益構造を詳しく見ておく(表7).K法人は子牛を生後1か月齢で販売するため,単価は1頭あたり239千円と8か月齢の子牛の市場平均価格より約26万円低い.1頭あたり費用を統計値と比べると,種代・種付料,自給飼料費,牛の減価償却費が多い.種代・種付料は受胎までの種付回数が平均2回と多いこと,自給飼料費は小型ロールベール体系による収穫,牛の償却費は妊娠牛を導入するなど費用の多さは技術に起因する.現在飼養する繁殖牛12頭の産歴をみると44産中4度の死産があり,正常産の平均分娩間隔は394日と長い.死産の原因は明らかにされていないが,分娩間隔の長さは発情の見逃しや適期の授精が行われていない可能性が推察される.また,購入飼料費は子牛育成をしないため統計値より少ないが,親牛1頭の購入飼料(すべて濃厚飼料)は3万円以上と多い.

表7. 繁殖牛1頭あたり収支 (円)
項目 K法人 統計値
売上高計 216,139 359,033
 子牛 191,473
 経産牛 12,307
 牛貸出料 12,359
製造費用計 461,501 440,593
 種代・種付料 28,129 15,063
 診療衛生費 6,803 16,254
 自給飼料資材 85,725 52,673
 購入飼料 33,844 112,239
 牛償却費 78,573 54,471
 機械施設償却費 7,458 14,019
 同上購入修繕費 9,842 9,819
 子牛検査・親牛削蹄 7,329 9,489
 諸材料費ほか 8,831 13,823
 労務費・構成員賃料 151,872 142,743
 地代支払い 43,096
営業収支 ▲245,363 ▲81,560

1)統計値は,平成24年度子牛生産費(計算期間1.2年)を1年に換算して掲載.K法人畜産部門元帳,農林水産省「子牛生産費」より作成.

4. おわりに―畜産収益改善の課題―

集落営農法人では,米価及び稲作収益低下のもとで基幹部門の食用米に替わる営農部門の導入・拡大が必要である.他方,法人の農作業従事者が高齢化し年々減少するなかでは,農作業の季節的偏在の顕著な稲作(飼料用米や酒造好適米を含む)では法人の管理面積に限界が生じる.このため,専従者体制による放牧畜産中心の営農展開も期待される.

そこで,集落営農法人における現行の放牧畜産の実態を分析した結果,以下の点が明らかにされた.①放牧や採草は耕作放棄圃場や小区画圃場で行われており,放牧畜産が遊休地の解消,小耕地の管理作業軽減に寄与していることは評価されている.②しかし,畜産物による収益性は低く,転作に伴う交付金で畜産部門の収益が確保されている.③その理由は家畜の生産性(繁殖率)が低いこと,種代や粗飼料生産に要する費用が多いこと,作業労働が多いことによる.④繁殖率の低さは分散する放牧地で短い巡回の際に発情確認を行うため,発情の見逃しや適期授精が行われていない可能性が推察される.⑤費用の多さは,種付回数が多いこと,牧草生産にかかる資材費が多いことによる.⑥作業労働の多さは,授乳牛をはじめ牛の飼養管理,牧草の収穫運搬,放牧管理作業が多いこと,それは,12頭の牛を分散する放牧地で飼養していること,小型ベール体系での牧草収穫作業を行うことに起因する.

こうした問題を解決し,畜産部門を中心に集落営農法人の収益向上を図るためには,以下の対応が必要と考える.①牛の移動や採草飼料の運搬作業を低減し,牛の十分な観察時間を確保するため,集落外縁部に分散する小圃場の畜産利用から,畜舎から近い場所に採草放牧地を集積する等,集落営農全体の圃場利用のレイアウトを見直す,②スタンチョンを活用した牛の管理と子牛育成技術を習得し生産物の付加価値を高める,③採草は中型ベール体系による収穫が可能な整備田等で行う,④暖地型永年生牧草を導入し,放牧草の管理費用を削減する,⑤飼料イネ等を利用して放牧期間の延長を図る等である.

また,観察や飼養管理作業,粗飼料生産作業の効率,コスト低減の観点から,飼養頭数についても検討が必要である.今後,こうした対応により,限られた労働力で地域の水田を管理し,かつ稲作以上の収益確保が可能であるかどうか効果を試算し,現地法人に示し,実証する予定である.

付記

本稿は科研費基盤研究(C)(25450340)による成果の一部である.

引用文献
 
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