南西諸島の島々では陸地から海洋へ赤褐色の土壌(以下,「赤土」)が流出し,サンゴ礁が被害を受ける環境問題(以下,「赤土問題」)が1950年代から続いている1.当初の赤土の流出源は開発行為や農地開墾によるものであったが,法令等の規制により2,現在では開発行為等による赤土の流出はほとんどみられない.その一方で法令の規制対象外である営農行為による農地からの流出が多くを占めている3.
農地からの赤土流出についてもそれを防止する対策(以下,「赤土対策」)は数多く存在するが4,そのなかでも本稿では農家自身が取り組む「営農的対策」と呼ばれるものを対象とする5.この営農的対策については,これまでも行政等によって資材への補助などの施策が継続的に行われてきたが,赤土対策は必ずしも広範に実施されているわけではなく,流出が続いている.
このように施策が行われているにもかかわらず,対策が十分に実施されていないことについて,以下の点の検討が必要と思われる.第1は,これまで実施されてきた赤土対策の効果の検証である6.多額の予算を投じて対策への支援が行われながら,なぜ対策が十分に実施されていないのかについて明らかにする必要がある.第2は,赤土対策を実施するための政策の理論的な整理である.赤土問題は農業生産に伴う負の外部性が発生する市場の失敗であり,政策的関与が不可欠である.しかし赤土問題とその政策支援に関する理論的な考察はきわめて少ない.そのことが営農的な対策のための施策が,資材への補助等に偏っている点にも関わっている.一般に環境汚染の問題に対しては汚染者負担の原則(PPP)が適用されるが,農業に関しては必ずしもPPPが適用されない7.その場合,環境汚染の防止(あるいは環境の修復)のための費用を誰が負担するかという問題が生じる.この点については,後述するように既に「基準点」概念に基づく費用負担・政策支援の議論があり,赤土問題についても基本的にはこの枠組みで扱うことができると考えられる.ただし南西諸島の赤土対策に要する費用がどのような性質を持ち,その費用を誰がどの程度負担するべきかについては,地域の農業形態に応じた個別・特有の問題があり,具体的に検討される必要がある.
本稿では以上の点を検討するために,赤土流出が深刻な問題となっている石垣島を分析の対象とする.石垣島は年間100万人を超える観光客が訪れる観光地であるとともに,傾斜地が多いために農地からの赤土流出が激しく,観光資源である海洋の汚染が深刻化し,南西諸島の中でも赤土問題が最も先鋭化している島の一つである.
以下の第2節,第3節では,沖縄県の調査による,石垣島の全農地の面積や傾斜等の圃場条件および実施された赤土対策に関するデータ(以下,「圃場データ」)を用いて,属地的な側面からこれまでの赤土対策の実態を費用と効果の面から検証する8.それを踏まえて第4節では赤土流出を防止するための農家支援の方法について,費用負担面からの理論的な考察を行う.
石垣島は沖縄本島から南西約410 kmに位置し,面積223 km2の沖縄県内では3番目に大きな島である(図1).2010年の人口は46,922人,総世帯数は19,212戸である.
石垣島の位置
2011年の島内の耕地面積5,440 haのうち94%の5,120 haは畑地であり,水田は325 haのみである.作物別では,畑地面積の約4割の1,981 haにさとうきびが栽培され9,2010年農林業センサスによれば石垣島内の992の農業経営体のうち,62%の612経営体がさとうきびを栽培している.次に面積の大きな作物は牧草の約1,250 haであり10,この両作物で島全体の耕地面積の6割を占めている.パインアップルの栽培面積は150 haと小さい11.
(2) 石垣島の赤土対策の現状前述の「圃場データ」は,石垣島の2006年時点における圃場毎の面積,地番,USLE値12,栽培作物,および赤土対策の実施状況に関するデータベースである.赤土対策については,石垣島で一般的である「グリーンベルト」,「緑肥」,「枯葉マルチ」,「葉ガラ梱包」に関する圃場毎の実施状況がわかる.このうちグリーンベルトは,圃場の端の1辺あるいは2辺に月桃等の苗を栽植し,赤土の圃場外への流出を阻止する対策である.1度栽植すれば数年は植え替えの必要はないが,毎年の維持管理は必要である.緑肥は,主にさとうきびの収穫後から夏植栽培の植え付けまでの期間に13,圃場の裸地状態を防ぐためにクロタラリア等を播種し,さとうきびの植え付け前にトラクターですき込む作業が必要になる.枯葉マルチと葉ガラ梱包は製糖工場から排出されるさとうきびの枯葉を利用した対策である.枯葉マルチは圃場にさとうきびの枯葉を敷き詰めることで圃場の被覆度を上げる方法であり,葉ガラ梱包は梱包したさとうきびの枯葉を圃場の一辺に並べて設置し,圃場外への赤土の流出を防ぐ.
表1はこれらの各対策の「赤土流出量の削減率」と「10 a当たりに要する対策費用」を既往の研究や報告書の成果から整理したものである14.赤土流出量の削減率および10 a当たりの対策費用はいずれも各対策によって大きく異なる.そこで各対策の費用対効果を検討するために,10 a当たりの対策費用を流出削減率で除した「赤土流出量1%削減の費用」を算出したのが同表の最下段の数値である.これによると,緑肥では流出量1%削減の費用が178円と低く,次に枯れ葉マルチ,葉ガラ梱包がそれに続く.他方,グリーンベルトは既往文献間の流出削減率の違いが大きく,同費用は134~841円と幅があり,その費用対効果の評価は容易ではないことがわかる.
グリーンベルト | 緑肥 | 枯葉マルチ | 葉ガラ梱包 | |
---|---|---|---|---|
流出削減率(%):a | 8~502) | 544) | 80~90 | 50% |
10 a当たり費用 (円):b |
6,726 | 9,600 | 29,200 | 24,320 |
費用の根拠1) | (月桃苗代10,560円+設置費1,664円+維持費2,656円)÷5年+さとうきび減収3,750円3) | クロタラリア種子費1,580円+播種機代1,500円+肥料費2,520円+すき込み経費4,000円 | さとうきび枯葉22,400円5)+機械経費6,800円 | 資材費,作業費,運搬費計380円/個.1 m当たり2個設置するとして,380円×2個×32 m |
流出量1%削減の費用 (円/10 a):b/a |
134~841 | 178 | 324~365 | 486 |
資料:各対策の費用は赤土等流出総合対策プログラム策定検討委員会他(2008)の石垣市のデータを使用.
1)ここでの「費用」には,各赤土対策による増収や費用節減効果等を本来含める必要があるが,単純化のために考慮しないこととする.
2)赤土等流出総合対策プログラム策定検討委員会(2008)では,削減率50%とされる.松下(2008)によれば8%とされる.
3)1辺32 m正方形圃場に50 cm間隔幅1 mで植栽し,5年で更新するとする.さとうきび面積の減少分は32 m2(1 m×32 m),減収分はさとうきび価格を2万円/t,単収6 tで計算.
4)「さとうきび夏植+緑肥」の作物係数0.16 さとうきび夏植のみは0.35であるので,さとうきび夏植時の緑肥の作物係数は0.46(=0.16/0.35),流出削減率は54%(=1–0.46)とした.
5)さとうきび枯葉の費用は,製糖工場が販売する枯葉の価格による.
また2006年時点では,補助事業により農家は緑肥の種子を無料で入手できる状況にあった.それでも表1では緑肥対策に要する10 a当たりの費用9,600円のうち,種子代は1,580円のみであり,総費用の一部が補填されているに過ぎない.
(3) 石垣島の赤土対策の実施状況と圃場条件次に石垣島における赤土対策の実施状況と圃場条件の関係についてみていきたい.一般に赤土流出量の予測式としてはUSLE値(式)が用いられ,以下のように表される.
A=R×K×L×S×P×C〔t/ha/年〕
A:単位面積当たり流亡土量,R:降雨係数,K:土壌係数,L:斜面長係数,S:傾斜係数,P:保全係数,C:作物係数
USLE値を構成する変数のうち,LS値は圃場の「斜面長×傾斜」で計算され,降雨や栽培作物にかかわらず圃場条件のみによる赤土の流出危険度を表す15.この値が大きいほど,圃場条件による流出危険度が高い.また赤土対策を実施する場合は,作物係数(C)や保全係数(P)が変化することで流出量に変化を及ぼす16.
表2は「圃場データ」を用いて,石垣島における赤土流出の主な発生源であるさとうきびとパインアップル圃場のLS値を,赤土対策が実施されている圃場(以下,「対策圃場」)と実施されてない圃場(以下,「非対策圃場」)の別に平均値で示したものである.
対策圃場 | 非対策圃場 | 全圃場 | |
---|---|---|---|
平均LS値 | 0.59 | 0.62 | 0.62 |
筆数 | 464 | 7,754 | 8,218 |
資料:「圃場データ」より.
平均LS値は,対策圃場が0.59,非対策圃場は0.62と大差がないことから,必ずしも流出危険度の高い圃場において赤土対策が実施されているわけではないことが確認できる.
次の表3は,石垣島のさとうきびとパインアップル圃場のLS値を4段階に区分し17,その区分毎の赤土対策の実施圃場数と対策の内訳を示している.この表によると,赤土流出の危険度が高い圃場は限定的であり,また実施された対策は緑肥が圧倒的に多く,次がグリーンベルトであることがわかる.LS値の区分毎にみるとLS値0.90未満の圃場で対策実施割合が高く,0.90以上の圃場ではその割合は減少している.つまり流出危険度の高い圃場において赤土対策が実施されておらず,危険度の低い圃場で対策が実施されているのである18.これは前述のような赤土対策としての緑肥の種子への予算措置が,生産性を上げるための肥料としての緑肥の作付につながったためと考えられる.このことは赤土流出防止の支援策が流出危険度の低い圃場に配分されていることを意味している.より流出危険度の高い圃場に優先して支援が行われ,対策が実施されれば赤土対策の費用対効果は上がることになる.
LS値 | 総圃場 | 対策圃場 | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
緑肥 | グリーンベルト | 葉ガラ梱包 | 枯葉マルチ | |||||||||
圃場数 | 割合 | 圃場数 | 割合 | 圃場数 | 割合 | 圃場数 | 割合 | 圃場数 | 割合 | 圃場数 | 割合 | |
LS<0.40 | 3,614 | 100.0 | 195 | 5.4 | 149 | 4.1 | 35 | 1.0 | 8 | 0.2 | 8 | 0.2 |
0.40≦LS<0.90 | 3,243 | 100.0 | 211 | 6.5 | 178 | 5.5 | 24 | 0.7 | 10 | 0.3 | 4 | 0.1 |
0.90≦LS<1.40 | 761 | 100.0 | 32 | 4.2 | 23 | 3.0 | 8 | 1.1 | 2 | 0.3 | 0 | 0.0 |
1.40≦LS | 600 | 100.0 | 26 | 4.3 | 23 | 3.8 | 4 | 0.7 | 1 | 0.2 | 0 | 0.0 |
計 | 8218 | 100.0 | 464 | 5.6 | 373 | 4.5 | 71 | 0.9 | 21 | 0.3 | 12 | 0.1 |
資料:表2に同じ.
そこでさらに対象地域・作目を絞り,赤土流出の危険度が高く,またこれまで各種事業により赤土対策への支援が手厚く実施されてきた石垣島の轟川流域のさとうきび圃場における赤土対策について,より効率的に対策が実施された場合の効果について考察する.考察の対象とする対策は,最も一般的で,表1の中でも最も費用対効果が高い緑肥とする.
「圃場データ」における2006年の轟川流域のさとうきび圃場は405 ha,836筆である.表4は轟川流域におけるさとうきび圃場の緑肥作付の面積に対する赤土流出量およびその削減量の関係をUSLE式により試算したものである19.また最下段の緑肥費用は,表1の10 a当たりの緑肥の費用に緑肥の作付面積を乗じて算出している.
ケース | ① | ② | ③ | ④ |
---|---|---|---|---|
緑肥作付順 | ― | 現状 | 危険度順 | 危険度順 |
緑肥作付面積(ha) | 0 | 49 | 49 | 24 |
赤土流出量(t)1) | 5,270 | 4,598 | 3,731 | 4,202 |
流出削減量(t)2) | 0 | 672 | 1,539 | 1,068 |
削減率(%)3) | 0 | 12.8 | 29.2 | 20.3 |
緑肥費用(百万円) | 0 | 4.7 | 4.7 | 2.3 |
同表のケース①は緑肥を全く作付しない場合であり,流域合計で5,270 tの赤土が流出することを示している.ケース②は緑肥が49 ha作付された2006年時点の現状を示したものであり,必ずしも流出の危険度(USLE値)が高い圃場に緑肥が作付されていない場合のものである.この時の流出削減量は4,598 t,ケース①と比べた流出削減量は672 tである.
次のケース③は,緑肥の作付面積は現状と同じ49 haとし,流出危険度の高い圃場から順に緑肥を作付した場合の流出量を試算したものである.同じ緑肥作付面積(費用)であっても,ケース②と比べ流出量は2倍以上削減できる.またケース④は,ケース②より緑肥面積を1/2倍とし,危険度の高い圃場から緑肥を作付した場合である.これも現状の②より流出量は少ない.
このように緑肥による対策の例だけをみても,危険度の高い圃場を優先して赤土対策が実施されれば,半分の費用でも現状以上の流出量の削減を実現できる.
また,危険度の高い圃場から対策を実施することは,無闇に緑肥の作付面積を拡大しても流出量の削減はさほど進まないということでもある.なぜなら緑肥の面積を拡大すると危険度のより低い,つまり赤土の流出しにくい圃場に対策を広げることになるからである.これは緑肥の面積を拡大するより,緑肥を作付しても依然として流出危険度の高い圃場に他の赤土対策を併せて実施した方が,より流出量を削減できる可能性を示している.しかしこれには赤土対策の費用と流出削減効果の関係についての検討が必要になる.
(2) 赤土対策費用と流出削減効果の関係次の図2は,表1の各赤土対策の費用データを用いて,各圃場の対策費用と流出量の削減効果との関係を示したものである.横軸の「圃場番号」は,轟川流域のさとうきび圃場をUSLE値の大きな順に番号を付して並べたものであり,縦軸は各圃場における「赤土流出量を1 t削減するための10 a当たりの費用」(以下,「単位流出量削減費用」)を示している.言うまでもなくUSLE値の大きな圃場ほど単位流出量削減費用は小さい.赤土対策を効果的に実施するためには,既に対策を実施した圃場も含めた全圃場の中で,この費用が最も小さな圃場から対策を実施していく必要がある.
轟川流域における圃場別・対策別の赤土流出1 t削減のための費用
資料:表2に同じ.
図中の「緑肥」(◆)は,各圃場における緑肥による対策を実施した時の単位流出量削減費用の推移を示している.マーカー下の数字は圃場番号である.左上方の「緑肥+枯葉マルチ」(▲)は,緑肥の次に費用対効果の高い対策である枯葉マルチを緑肥作付圃場に重ねて実施した場合の追加的な単位流出量削減費用である20.圃場番号1から順に緑肥の面積を拡大していくとしても,この図によれば,例えば圃場番号24に緑肥を作付けるより,圃場番号1に緑肥に加え,枯葉マルチの対策を重ねて実施した方が追加的な流出量削減費用は低いことを示している.このように,流出危険度の小さな圃場に緑肥の作付を広げていくより,危険度の大きな圃場においては対策を重ねて実施した方が費用対効果は高い場合がある.
ただし「緑肥+枯葉マルチ」の追加的な流出量削減費用は図2のように対策を拡大するにつれて急激に上昇していくため,2つの対策を重ねて実施しても費用対効果の高い圃場の数は限られている.現状の緑肥面積49 ha(計41圃場)でも2つの対策を重ねて実施した場合の費用が低いのは2圃場のみであり,また現状の2倍の97 ha(計96圃場)とした場合でも7圃場である.よほど緑肥の面積が拡大しない限り,複数対策を重ねて実施することを考慮する必要性は低いと言える.
さらに図3は,轟川流域のさとうきび圃場において,効率的に赤土対策を実施した時に要する費用と流出削減量との関係を示している.これは単位流出量削減費用が小さな圃場(USLE値の高い圃場)から緑肥による対策を実施するとし,流出危険度の高い圃場では緑肥に加えて枯葉マルチの対策を重ねて実施することもある場合のものである.
この図によれば,例えば流出量1,000 t削減(対策を実施しない場合と比較した削減率19%,対策面積21.7 ha)の場合,その費用は轟川流域全体で約2百万円,2,000 t削減(同38%,55.4 ha)の場合は約7.5百万円となる.ただしさらに削減量を500 t増やし2,500 tの削減の場合,費用は12百万円と一気に増加する.これは流出削減量が大きくなるほど,赤土が流出しにくい(単位流出量削減費用が大きな)圃場で赤土対策を実施するため,より多くの面積で対策が必要になるためである.
なお,これらの費用は轟川流域のみのものである.流出量削減の費用がさとうきびの栽培面積に比例するとすれば,石垣島全体では轟川流域の6.5倍の費用となる.
以上のように,石垣島における赤土対策の実態とそれに要する費用の性質について検討してきた.その結果,各赤土対策の費用対効果には大きな差があり,流出危険度の高い圃場において赤土対策が実施されておらず,対策に必要な資源が非効率に利用されている実態を明らかにした.そして効率的な赤土対策の実施のためには,費用対効果の高い対策を流出危険度の高い圃場から実施し,その対策を危険度の小さな圃場に広げていく必要がある.また対策の費用は赤土の流出削減量の増加に伴い急増することも示した.
ここまで,赤土対策に要する費用について,誰がそれを負担するかについては考慮せずに検討してきたが,現実にはそれが大きな問題になる.営農的な赤土対策に関して,従来は資材の補助という形で行政がその費用を一部負担していたが,以下ではそうした費用負担のあり方は本来どうあるべきかについての理論的な考察を行う.その前に,農業において汚染者負担の原則が適用されない場合の費用負担に関する議論に言及しておきたい21.
これまでの農業環境政策の議論では,汚染者である農家の責任で保持すべき環境水準である「基準点」と,望ましい環境水準としての「政策目標」の設定が必要あり,図4のように環境対策を実施しない時の環境水準をAとすれば,Aから基準点までに要する費用は汚染者負担の原則で農家が負担し,基準点から政策目標達成までの費用は共同負担(公的負担)となる22.そしてこの基準点は,歴史的経緯や社会・政治的状況等によって変化するとされる23.
費用負担と環境水準の関係
この議論の枠組みを赤土問題に適用してみたい.その際,赤土問題の政策評価は,最終的には地域や流域単位でなされる必要があるが,実際の赤土対策や施策は各経営や圃場単位で実施されるものであり,費用負担も経営・圃場単位で問題となるため,ここでは圃場レベルでの考察を行う.また流出量の効率的な削減のために,流出危険度の高い圃場から緑肥による対策を実施し,地域・流域全体の流出量の削減目標を達成するまで緑肥の面積を拡大することとする.
赤土対策が必要な圃場においては,圃場レベルで必要なのは緑肥の作付なので,緑肥のみで図4の政策目標の水準は達成される.このように赤土問題では,ある1つの対策(ここでは緑肥)で政策目標が達成されるので,政策目標より低い水準にある基準点に具体的な形があるわけではない.この例でいえば,緑肥の対策に要する総費用のうち,基準点までの費用が農家負担,基準点から政策目標までの費用が共同負担となるが,この時,歴史的経緯や政治的に決められる基準点は費用の負担額を決定する役割を持つだけである24.
しかし,これまでは資材の補助があるにもかかわらず,危険度の高い圃場も含めた多くの圃場で対策が実施されてこなかった.対策費用の一部が支援されても残りが農家負担となる場合,対策の実施が任意であるならば,あえて費用を負担してまで対策を行う農家は限られる.したがって対策が必要な圃場において農家の費用負担が発生する場合は,規制により対策の実施を義務化する必要がある25.
これまでの農業環境政策に関する議論においては,基準点の水準まで規則や法令で規制するとされる場合もあるが26,赤土問題では1つの対策でその圃場は政策目標の水準に達するため,汚染者には政策目標達成の義務を課し,その上で基準点以上の水準の分に支援がなされる形になる.ただし赤土流出量の大幅な削減には,前述のように過大な費用を要するため,地域・流域全体の流出量目標の設定には予算の制約への考慮も必要になるだろう.
本稿では,農業生産に伴う負の外部性の発生である石垣島の赤土問題について,その流出防止対策の実態と費用の性格について検討し,現状では効率的な赤土対策が行われていないこと,および効率的な赤土対策の実施の方策を示した.また赤土問題における基準点,政策目標および規制との関係についても明らかにした.
ところで,赤土対策が必要とされる圃場において,対策が流出危険度の高い圃場から実施されるためにはGISが整備され,圃場の状況が一筆単位で把握されていることが前提になる.今回用いた「圃場データ」でも各圃場のUSLE値は判明しているので,危険度の高い圃場を特定することの技術的困難性はさほど大きくはないと思われるが,危険度の高い圃場から順に対策を実施することは行政費用の増大をもたらす可能性もある.その場合,急傾斜などの危険度の高い圃場は一部の地域に集積しているので,そうした危険地域のゾーニングを行い,そのゾーンのみに支援や規制が適用される地域限定的な手法の採用が考えられる.
なお,今回の「圃場データ」にはさとうきびの作型別の情報がなかったために,作型の違いによる赤土流出量の違いを分析することはできなかった.しかしさとうきびの作型の一つである株出栽培は,土壌の撹拌が少なく,圃場の被覆度を高めるため赤土対策には有効な方法である一方で,赤土対策とは無関係に広く採用されている作型であり,本稿で述べたような追加的に実施する対策とは性格が異なる.この株出栽培を組み込んだ赤土対策の検討は今後の課題である.
本研究は,JSPS科研費30007786(研究代表者:横川洋)の助成をうけた研究成果の一部である.