農林業問題研究
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個別報告論文
海外酪農経営におけるICT導入およびクラスター形成の可能性
長命 洋佑南石 晃明横溝 功佐藤 正衛
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2021 年 57 巻 3 号 p. 115-122

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Abstract

Recently, agricultural production utilizing information communication technology (ICT) has been attracting attention. This study clarifies the present situation of clusters using the case study of dairy farming using ICT in foreign countries. The study results clarify the following two points. First, the ICT differs depending on the classification by type of farm management in dairy farming. In dairy farms of the Netherlands and Germany, fully automatic milking systems have been introduced to save and reduce labor, while in China, a rotary parlor has been introduced in dairy farming to increase the number of milking cows. Second, the introduction of ICT promotes dairy clusters. Moreover, using ICT data and compost circulation-type production systems may lead to new business development.

1. はじめに

近年,ICT(情報通信技術)・RT(ロボット技術,以下,ICTおよびRTを合わせてICTと記す)等の技術進歩は目覚ましく,農業分野においても省力化・軽労化,精密化・情報化等の視点から取り組みが行われている.農業においてICT導入が進んでいるのが酪農分野である.酪農は他の畜種よりも一人当たり労働時間が長い傾向にあり,近年は飼養頭数の増加に伴い,一人当たり労働時間が増加している.労働時間の中で大きな割合を占めているのは,搾乳作業や飼料の調製・給与等であり,これら作業の労働負荷軽減および労働時間削減が重要な課題となっている(仙北谷・金山,2019).そうしたなか,2014年から畜産クラスター事業が開始され,搾乳ロボット等のICT導入による省力化・軽労化が図られており,導入経営は増加傾向にある.さらに当クラスター事業では規模拡大に伴う飼料生産基盤の確保や環境問題への対応・支援が掲げられている.

搾乳ロボットに関する研究として,山本(2017)松本他(2018)では搾乳ロボット導入前後の経営的評価を行っている.窪田他(2019)は,搾乳ロボットに適した牛群改良の方向性について検討を行っている.また,搾乳ロボットの先進地域である海外の研究では,Justin et al.(2018)は,搾乳ロボットにおける搾乳行動が乳量生産に及ぼす影響を検討している.Shortall et al.(2016)Gargiulo et al.(2020)は,搾乳ロボットによる飼養と欧州で一般的に行われている放牧による慣行飼養との比較を行っている.

酪農経営が導入しているICTは,経営形態のほか経営内における飼養管理技術や経営戦略等に依拠すると考えられる.また,経営外では酪農生産における政策や市場等の環境条件のほか,乳業メーカーや農業機械メーカー等のステークホルダーとの関係,飼料生産基盤や家畜由来の排泄物の処理等,多様な要因が関与していることが考えられる.さらにShortall et al.(2016)が指摘しているように経営者のライフスタイル,ICTへの関心等も導入に影響を及ぼしていると考える.しかし,酪農経営を取り巻く与件の相違により,導入しているICTやクラスター形成の実態,さらにはICT導入がクラスター形成を促進する可能性について検討した研究の蓄積は多くない.酪農経営におけるICT利用に関しては,オランダやドイツの個別経営が先進的事例として挙げられ,農業機械メーカー等とのクラスターが形成されている.また,近年では中国最大の酪農地帯である内モンゴルにおいて,大手乳業メーカーの直営牧場でICT導入による大規模酪農経営および垂直型のクラスター形成が図られている.こうした諸外国の事例は,ICTの進展や畜産クラスター事業の展開により,生産性向上を図るわが国の酪農生産の方向性に示唆を与えるものと考える.

そこで本稿では,海外の酪農経営におけるICT導入およびクラスター形成の実態を把握したうえで,ICT導入がクラスター形成を促進する可能性について検討する.その際,個別酪農経営の事例としてオランダ・ドイツを,大手乳業メーカーの直営牧場の事例として中国内モンゴル(以下,中国)を取り上げ,経営形態の相違に着目し分析を行う.

2. 酪農経営の概要

本稿では,積極的にICT活用を図っている酪農経営,オランダ2経営(2018年9月調査,A牧場(北ホラント州),B牧場(南ホラント州)),ドイツ3経営(2019年12月調査,C・D・E牧場(ニーダーザクセン州)),中国1経営(2019年8月,F牧場(ダラト旗))で調査を行った.調査に際しては,オランダおよびドイツは生産者,中国では生産管理担当者にそれぞれ通訳を交え聞き取り調査を行った.調査方法に関しては,オランダおよび中国では,非構造的な調査を,ドイツではあらかじめ設定したアンケート調査票を用いた構造的な調査を行い,その後,疑問点等の聞き取りを行った.また,帰国後,不明な点等については,通訳者を介して電話およびメールで追加の調査を行った.

各酪農経営の経営概要については表1に示すとおりである.まずオランダの2事例についてみていく.A牧場における飼養頭数は,経産牛130頭,未経産牛70頭である.搾乳は1日2回程度となっており,乳量は305日乳量で約10,500kgである.導入しているICTは,LELY社(以下,LELY)の搾乳ロボット,清掃ロボット各2台のほか,自動給餌装置,自動給餌ロボット,餌寄せロボット,哺乳ロボット各1台である.A牧場では,飼料調製・給餌,搾乳,ふん尿処理に係るICTを導入しており,全自動での飼養管理が可能な状況となっている.

表1. 酪農経営の概要
オランダ ドイツ 中国
A牧場 B牧場 C牧場 D牧場 E牧場 F牧場
労働力 3名 3名1) 3名1)見習い1名 3名1)見習い1名 4名1)見習い1名 約300名
搾乳に導入しているICT 搾乳ロボット 搾乳ロボット 搾乳ロボット 搾乳ロボット 搾乳ロボット ロータリーパーラー
ICT導入年 2012 1999 2015 2013 2014 2013
導入台数 2 2 2 4 3 1
メーカー LELY LELY LELY LELY LELY DeLaval
経産牛(頭) 130 110 200 225 280 6,000
未経産牛(頭) 70 20 230 220 140 4,000
個体乳量(kg) 10,500 11,000 11,500 11,960 11,000 9,200
搾乳回数(/日) 2回程度 1~3回 3回 3回 3.1回 3回程度

資料:筆者らが実施した聞き取り調査より作成.

1)うち女性1名を含む.

B牧場の飼養頭数は,経産牛110頭,未経産牛は20頭である.生乳生産量は1頭当たり11,000kgとなっている.導入しているICTは,搾乳ロボット2台,清掃ロボット1台である.搾乳ロボットは,1999年に導入し,現在はLELYの搾乳ロボット2台となっている.搾乳回数に関しては,分娩後は2~3回,乾乳期前は1回であった.

次いでドイツの事例について示す.C牧場の飼養頭数は,経産牛200頭,未経産牛は230頭である.搾乳回数は3回であり,生乳の生産量は1頭当たり11,500kgである.2015年に新しい畜舎を増設したのを機にLELYの搾乳ロボットを2台導入している.

D牧場における飼養頭数は,経産牛225頭,未経産牛220頭となっている.3回搾乳を行っており,1頭当たりの生乳生産量は11,960kgであった.ICTは,2016年にLELYの搾乳ロボットを3台,2018年に1台追加導入し,現在は4台である.

E牧場の飼養頭数は,経産牛280頭,未経産牛140頭である.搾乳回数は3.1回となっており,1頭当たりの生乳生産量は11,000kgである.搾乳ロボットを導入したのは2014年であり,現在はLELYの搾乳ロボット3台となっている.

最後に,中国のF牧場についてみると,飼養頭数は経産牛がおよそ6,000頭,未経産牛が4,000頭である.F牧場では,DeLaval社のロータリーパーラーを1台導入しており,搾乳を行っている.搾乳回数は1日3回程度であり,1頭当たりの乳量はおよそ9,200kgである.

3. 酪農経営におけるICT導入

以下では,表2に示す酪農経営におけるICT導入実態および乳量変化について述べていく.

表2. 酪農経営におけるICT導入動機と乳量変化
オランダ ドイツ 中国
A牧場 B牧場 C牧場 D牧場 E牧場 F牧場
ICT導入動機 兼業可能 労働の省力化 作業の軽労化 搾乳作業の軽減 作業の軽労化 飼養頭数拡大
個体管理 柔軟な労働時間 酪農生産の継続性 個体管理
ICT導入による個体乳量変化 30%増加 10~15%増加 1,800kg増加 10~15%増加

資料:筆者らが実施した聞き取り調査より作成.

A牧場ではLELYの3つのスマートフォン・アプリを利用している.一つは,経営全体の乳量や飼料給餌量等の状況確認が可能なアプリである.二つ目は,日乳量,総乳量,給餌量,発情確認等,個体の飼養管理状態を把握するアプリである.三つ目は,体調不良や分娩時等において異常が見られる個体を自動送信する緊急時の警告アプリである.これらは,搾乳ロボットで収集されたデータがすべて利用できるほか,データ解析が行われスコア化されるため,視覚的に時系列で牛の健康状態を把握することができる.また,A牧場ではLELYにデータの提供を行い,飼養管理に関するアプリの共同開発・研究を行っている.A牧場でICTを導入したのは,3人の生産者が牛舎以外の場所で勤務しながら酪農経営を行うためであった.LELYとの契約前は,現在と同水準の100頭規模で乳量は約8,000kgであったが,当時より乳量は約30%増加している.なお,乳量の増加に関して生産者は,搾乳ロボットのみでは効果は発揮されず,自動給餌ロボット,餌寄せロボット,清掃ロボット等が効率的に稼働できるよう飼養管理全体を考えたうえで牛舎構造を設計し.ICTを導入したことが要因であると考えていた.

B牧場では,LELYの搾乳ロボットを利用しているほか,2017年からITメーカーのConnecterra社とアドバイザー契約を行っている.B牧場では同社から提供されている3DのIda(Intelligent Dairy Farmer’s Assistant)センサーのタグを全頭に装着しており,発情や乳房炎の発見のほか,歩行,起床,起立等の識別が可能となっている.さらに現在は,給餌や給水等の識別が可能となるセンサーの共同開発を行っている.Connecterra社との契約により,センサー貸し出しや保険,クラウドシステム利用料,メンテナンス等,1カ月当たり7.5€かかるシステムを無料で利用している.B牧場は早期より搾乳ロボットを導入しており,明確な搾乳ロボット導入による乳量変化は不明であるが,チーズメーカーへの販売量は2013年の年間20万kgから80万kgに増加していたことから,ICT導入後,経営規模拡大が図れていたことが示唆される.またB牧場では,労働の省力化と個体管理がICT導入の動機であった.ICTを導入することで,労働時間の省力化を図ることが可能となり,空いた時間で家族3名が酪農ヘルパーとして勤務していた.

C牧場ではLELYのアプリを利用しているが,データ等最新の情報が定期的に更新されるため,不満や要望はなく,共同開発や研究等に対する意向もなかった.C牧場では,子供や家族のためにフレキシブルな労働時間の確保および肉体労働の軽減がICT導入の動機であった.ICT導入の効果に関しては,牛舎を新築したため,搾乳ロボットのみの効果は不明であるが,乳量は10~15%増加していた.

D牧場では,LELYのアプリを利用しており,搾乳ロボットで収集したデータを確認し飼養管理の意思決定を行っている.搾乳ロボットで収集したデータは,年間1頭当たり60€ですべてのデータ閲覧が可能となっている.さらに,収集したデータは育種計画にも活用していた.LELYと牛群改良協会との間で個体データの利用連携が図られており,ゲノム情報を用いた育種評価法(ゲノミック評価)1を利用している.ゲノミック評価では遺伝子の組み合わせにより,3つの交配計画の提案が行われ,その情報に基づき育種計画・交配を行っている.D牧場では,搾乳ロボット導入およびアプリやゲノム情報を利用することで,乳量は1頭当たりおよそ1,800kg増加していた.なお,ICT導入の動機は,日々拘束されていた搾乳作業を軽減するためであったがICT導入により,日々の搾乳作業は3時間程度減少し,他の仕事に従事する時間的余裕が生まれていた.

E牧場では,LELYのアプリ利用のほか,健康状態,乳房の形状,搾乳量,肢蹄疾患,無角の遺伝子等に関連するDNAサンプルを検査している.検査はMASTERRIND(人工授精所)2で行われ,3代前までの蓄積データを分析・利用することで,牛群の改良を図っていた.なお,毎年5頭ほど搾乳ロボットに不適合な牛が出るため,MASTERRINDを通じて手搾りを行っている酪農経営へ売却している.このように搾乳ロボットに適した乳牛の選抜を図っているのは,飼養管理作業の軽減のみならず,高齢になっても健康的に酪農経営を継続するためであった.E牧場では搾乳ロボット導入およびゲノム情報の利用により個体乳量は10~15%増加した.

F牧場は一度に80頭の搾乳が可能なロータリーパーラーで搾乳を行っており,乳頭清拭,ユニット装着,ディッピング等の作業が最小限の従業員で行われている.搾乳中には乳量や乳質のほか,搾乳に要した時間等の個体情報がICTで収集・管理されている.F牧場では,中国国内の乳製品需要拡大への対応として,ICT導入による規模拡大や個体管理が図られていた.そこには2008年に発生したメラミン混入事件が影響している.事件発生後,安全な生乳確保のために厳しい乳質基準が設けられ,飼養管理の徹底が図られた.乳質基準をクリアするためにはICTによる個体管理が不可欠であった.F牧場では設立時の2013年よりロータリーパーラーを導入していたため,乳量変化は不明であるが,設立時は約9,000頭であった飼養頭数は1万頭規模まで拡大したほか,ICTによる個体管理により乳質基準をクリアする飼養管理が行われている.

4. 酪農経営におけるクラスター形成

A・B牧場(オランダ)における酪農クラスターを模式的に示したのが図1である.生乳の販売先に関しては,A牧場はオランダ国内で900農家と契約している粉ミルクの生産会社であるVreugdenhil Dairy Foods社に出荷している.B牧場は,生乳の3分の2を近隣のチーズメーカーに販売しており,残りを世界最大級の酪農協同組合であるFriesland Campinaに販売していた.出荷する生乳に関しては,乳房炎が発症している場合,その乳頭を搾乳ロボットで検知し廃棄するが,頻繁に発生する場合は乳業メーカーからペナルティを課せられることとなる.なお,チーズ工場へ出荷する生乳に関しては,乳成分の検査は不要となっている.

図1.

A・B牧場における酪農クラスター

資料:筆者らが実施した聞き取り調査より作成.

1)図中,網掛けはステークホルダーを,太字矢印はクラスター形成の関係を示している.

飼料生産に関して,A牧場では55haの牧草地で牧草を,10haの飼料畑でとうもろこしを生産しており,粗飼料自給率は100%となっている.その他の給与飼料については経営外から調達しており,フランスの飼料会社から購入している.B牧場では,80haの牧草地があり,牧草生産および年間120日の放牧を行っている.その他,20haの飼料畑において,とうもろこしやライ小麦等を生産している.なお,不足している飼料は外部から購入している.ふん尿処理に関しては堆肥化を行い,飼料生産農地へ還元しているが,余剰堆肥は,処理費を支払い近隣耕種農家に引き取ってもらっている.

オランダでは,2015年3月末の生乳生産割当制度(クオータ制度)の廃止で規模拡大が図られた.しかし,2016年から2017年にかけて環境対策の一環として,飼養頭数削減,営農中止,飼料中のリン酸塩削減計画が実施された(大内田,2020).事例経営においても地域の環境規制の影響により増頭することは困難であると認識していた.仮に増頭を行った場合,搾乳ロボット等の新たなICTの導入が必須であると考えており,規模拡大には消極的であった.なお,家畜排せつ物に関しては,この数十年否定的な評価を受けてきたが,現在,家畜排せつ物は農地を豊かにし,化学肥料との置き換えができる有用な物質と認識され始めてきている(前田・石井,2020)ため,耕種農家との連携は今後ますます重要になることが考えられる.また,オランダでは,生乳の仕向け先にチーズ等の高付加価値製品が多いため,生乳はEUの平均価格を上回って推移しており,放牧に関しても,持続可能な酪農生産を推進する方策の一つであり,業界の取り組みとしてプレミアムを加算しての生乳取引が行われている(大内田,2020).このような環境条件のため,両経営とも飼養頭数を増加させるのではなく,ICTを活用することで,1頭当たりの乳量増加および乳質向上を図るとともに,乳房炎等による生乳の廃棄リスク低下に努め,生産効率の向上を図ることが飼養管理における戦略であると示唆された.

また,病気や発情に関しては,獣医師や人工授精師との連携を図り,ステークホルダーとしての関係を構築していた.病気や発情等は,搾乳ロボットでも生乳の検査等を行うことで発見可能であるが,高精度で発見することは困難である.両経営とも導入しているアプリを利用することで,飼料の給餌速度や咀嚼回数等の情報をリアルタイムで獣医師と共有している.こうした情報をステークホルダーと共有することで,病気や発情の早期の発見が可能となり,個体の健康改善および病気等のリスク低減が図られていることが示唆された.

次いでC・D・E牧場(ドイツ)における酪農クラスターを示したのが図2である.C牧場では牧草40ha,とうもろこし25haを管理しており,飼料圃場に堆肥を還元している.ただし,自身の圃場で処理できない場合は,飼料生産・調製を委託しているコントラクター組織に費用を支払い処理してもらっている.その他,大豆,とうもろこし,ミネラル等,不足している飼料は外部より購入している.C牧場は,2015年に新たに畜舎を増築し規模拡大を図ったが,酪農生産のみでは経営継続が困難であったため,養豚飼養を行っていた.しかし,飼養環境における土壌条件が良くなかったため2017年に飼養を中止し,現在は採卵鶏飼養および鶏卵販売を行っている.

図2.

C・D・E牧場における酪農クラスター

資料:筆者らが実施した聞き取り調査より作成.

1)図中,網掛けはステークホルダーを,太字矢印はクラスター形成の関係を示している.

D牧場における経産牛は,2015年は120頭であったが2019年には225頭へと増加していた.飼養頭数の拡大に際しては,飼料畑を借り入れ,コントラクターに収穫・調製を委託している.委託料は1ha当たりおよそ1,000€である.飼料生産に関しては,牧草(63ha),とうもろこし(40ha),穀物(7ha)を生産しており,牛舎で発生したふん尿は,処理した後,飼料生産の圃場に還元している.ただし,現状では40ha分の飼料が不足しており,外部より購入している.

E牧場では,2014年に新畜舎の増設,2017年に新たな飼料タンク等の設置を行い,規模拡大を図ってきた.飼料生産に関しては90haの農地で牧草生産を行っている.そのうち20haは自然保護区のため肥料投入は禁止されており,牧草はバイオガス利用をしているほか,10haの放牧地で未経産牛を放牧している.残りの60haでは牧草を5回刈っているが4回目以降はバイオガスプラントでの利用となっている.その他,小麦(80ha),とうもろこし(70ha)なたね(20ha),ライ小麦(40ha)等の生産を行っている.ふん尿に関しては,近隣の養豚経営および畑作経営と共同でバイオガスプラントを設立し,処理後の液肥を畑へ還元しているほか,固形分を敷料に利用することで乳房炎の発生防止に努めている.

ドイツの各経営ではクオータ制度廃止前後で飼養頭数拡大を図っていた.飼養頭数拡大はクオータ制度廃止による生乳販売拡大が一つの誘因であったといえる.しかし,調査地域であるドイツ北部のニーダーザクセン州は,他のドイツ地域と比べて,乳価水準が低い.当該地はバター,脱脂粉乳等の大口需要向けコモディティ商品を大量生産する工場の一大集積地となっており,国際市場での激しい価格競争を生き抜くために,乳価の低い生乳を必要としていた(小田,2018).そのため,生乳の出荷先に関しては,特に決まったメーカーは存在しなかった.

また,ドイツでは他のEU加盟国と同様に家畜ふん尿による農地への窒素還元量について規制が設けられており,飼料畑1ha当たりの乳牛飼養頭数は2.0頭が制限となっている.そのため,飼料生産に関しては,不足飼料が生じた場合は外部から購入せざるを得ない状況となっていた.こうした社会状況を鑑みると,事例の経営では,これ以上の飼養頭数の拡大は望めないため,ICT活用による乳量増加および乳質向上,リスク低減を図っていくことが経営の戦略であると考えられた.

その一方で,酪農生産のみでの経営継続は難しく,採卵鶏飼養やバイオガスプラントの共同設立等の事業多角化が図られていた.多角化を可能とするのは,コントラクターの存在であるといえる.ドイツにおけるコントラクター(請負業者)について淡路(2018)は,個々の経営は受委託を前提に経営計画を立ており,地域農業のなかに構造化している存在であると指摘している.本稿の事例では,酪農において作業負担となっているふん尿散布および飼料生産を全面委託することで,時間を有効に活用することが可能となり,多角化が図られていたといえる.

F牧場(中国)における酪農クラスターを示したのが図3である.F牧場では,大手乳業メーカーが主体となり,「公司(企業)+合作社+基地(牧場)+農家」のクラスター形成が図られており,飼料生産のための合作社を別途設立している.

図3.

F牧場における酪農クラスター

資料:筆者らが実施した聞き取り調査より作成.

1)図中,網掛けはステークホルダーを,太字矢印はクラスター形成の関係を示している.

飼料生産に関して,合作社を通じてとうもろこしやエンバクが生産されている.合作社は約1,600戸の農家と契約しており,12万畝3の農地で飼料の作付を行い,コントラクター組織の合作社が収穫を行っている.F農場では,飼料生産は全てアウトソーシングすることで,飼料生産に関わる機械を所有する必要がなく,機械購入費用や修理費が発生しない仕組みとなっていた.その他の飼料に関しては,海外から濃厚飼料を,粗飼料の不足分については国内から購入している.F牧場の牛舎構造は,フリーストールとなっており,ふん尿は乳牛が搾乳を行っている間にショベルカーで集めている.収集したふん尿は堆肥舎へ搬入され堆肥化され,合作社と契約している農家の農地へ還元している.なお,F牧場でロータリーパーラーによる規模拡大が図られている背後には,ふん尿処理や飼料調製等の作業のアウトソーシングを可能とするクラスターを形成しているほか,賃金水準が低い当該地域の労働者を雇用していることも要因として挙げられる.

5. まとめと考察

本稿では,オランダ,ドイツ,中国の酪農経営を取り上げ,経営形態の相違によるICTの導入実態およびICT導入がクラスター形成を促進する可能性について検討を行った.分析の結果,以下の2点が明らかとなった.

第一に,酪農経営の経営形態の相違により導入しているICTが異なることが明らかとなった.オランダの個別酪農経営では,農業機械メーカーとの共同開発・研究が行われており,新たな事業展開の可能性が示唆された.ドイツの経営では,ICTより収集したデータとゲノム情報を組み合わせることで,搾乳ロボットに適した乳牛の選抜や牛群改良に資するデータ連携が行われており,飼養管理の効率化が図られていた.他方,中国の大手乳業メーカー直営牧場では,経済成長に伴う乳製品需要拡大への対応として,ロータリーパーラー導入による規模拡大が図られていた.また,メラミン混入事件以降,乳質基準が厳格化されたため,乳質基準クリアに資する個体管理を図るためにICTが導入されていた.

これらの経営では,総じてICT導入により乳量増加や飼養頭数の増頭等の効果が見られた.ただし,乳量増加に関しては,搾乳回数の増加が大きく影響しているといえる.搾乳回数の増加により乳量が増加すると乳成分が低下してしまうため,濃厚飼料多給になりがちであることや搾乳供用年数の短縮による償却費の増加等,経済的な損失につながることが指摘されている(千田,2015).また,搾乳ロボットでは,乳量に応じ濃厚飼料が給与されるため(PMR:パートリー・ミックスド・レーション),無駄な給与が少ないことが指摘されているが,濃厚飼料1kgに対する産乳量(飼料効果)は乳量11,000kg水準で2.47(千田,2015)や3.2(森田他,2021)と幅がある.こうした点に関しては,乳牛個体の能力のほか,搾乳ロボットの性能,給餌飼料の設計,飼養管理技術,牛舎の飼養環境等も影響すると考えられるため,今後さらなる検討が必要といえる.

第二に,ICT導入がクラスター形成を促進している可能性が示唆された.オランダの経営では,農業機械メーカーとのアプリの共同開発,獣医師や人工授精師との情報共有により発情や乳房炎等の早期発見が可能となるクラスターが形成されていた.ドイツの経営では,ゲノム情報を利用することで,牛群改良,新たな育種システム構築に資するクラスター形成が図られていた.これらの地域でクラスター形成が促進したのは,現状において飼養頭数の拡大は困難であるため,搾乳ロボット等のICTにより収集されたデータを分析し,飼養管理の効率化を図る必要性が生じたためであると考える.

また,ドイツや中国の経営では,規模拡大にともなう飼料確保やふん尿処理の必要性より,コントラクターとの連携や合作社設立によるクラスター形成が図られ,飼料作圃場への堆肥還元による資源循環システムが構築されていた.なお,ドイツでは,コントラクター利用による経営資源の効率化を図ることで,余剰時間を生み出し事業の多角化が行われていた.また,中国における合作社設立は,貧困対策の一環として,地域社会における雇用創出にも寄与するクラスター形成であることが示唆された.

ただし,これらの経営では給与飼料の生産は不足しており,経営外からの購入に頼っていた.今後は,ふん尿処理の対応も含めた資源循環の観点から,飼料生産基盤の強化が必要である.例えば,オランダやドイツで行われていた放牧飼養の促進は付加価値創出や資源循環の観点からも有効であると考える.Gargiulo et al.(2020)は,放牧をベースとした搾乳ロボットによる飼養と慣行的な飼養の比較を行っており,両者において経済的な相違は見られないと指摘している.今後はICTを活用した新たなクラスター形成による資源循環型システムについて検討していくことが重要と考える.

以上,ICT導入は,飼養頭数の増加や乳量の増加のほか,作業の軽労化・省力化にも大きな効果が見られたといえる.また,ICT導入によるクラスター形成は,ICT情報の活用や共同開発等の新たな事業展開,余剰時間を活用した事業の多角化,地域の雇用創出や資源循環に寄与するものであると考える.わが国においても搾乳ロボットの導入は進んでいるが,他のICTを導入することで,より効率的な生産が期待できると考える.導入に関しては経営形態や経営戦略等により方向性は様々であるといえるが,ICT導入による新たなクラスター形成を図ることで,本稿で示したような展開や効果が期待できると考える.ただし,本稿で取り上げた事例は,ICTを導入した酪農経営におけるクラスター形成の一側面を記したにすぎない.今後,国内外における他事例との比較や継続的な分析の蓄積が必要である.

謝辞

本稿は,科研基盤研究(C)(課題番号:JP18K05870,研究代表 長命洋佑)および科研基盤研究(A)(JP19H00960,研究代表 南石晃明)による研究成果に基づく.この場をお借りし,感謝の意を記す.

1  従来の推定育種価と個体のSNP情報(DNAの塩基配列上にある標識)をもとに遺伝的能力評価値を算出する方法.

2  協同組合組織であり,ドイツ最大の授精所である.

3  1畝=0.67ha.

引用文献
 
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