2024 年 45 巻 p. 73-93
本稿の目的は、現代中国において中高年女性がなぜ伝統太極拳に向かうのかを解明することである。その背景には、健康寿命の延長と生活の質の向上のために、スポーツ参加がますます重視されているという社会状況がある。この状況のもと、一部の中高年女性は愛好するスポーツとして伝統太極拳を選択している。本稿は、洛陽市に所在する陳氏太極拳教室を事例として質的調査を行うことで、この選択の理由を解明する。
その結果、次のことが明らかになった。第一に、伝統太極拳を愛好する女性たちは中間層に属しており、低階層の中高年女性が中心となっている広場ダンス(公共の広場で音楽をかけて踊る集合的なダンス)からも、若者向けのフィットネスからも排除されており(自主的に退出する場合を含む)、自身の価値観に合致する活動として伝統太極拳を選択しているということである。第二に、女性たちは伝統太極拳の実践者であることがもたらす文化的価値観及び社会的意義を家族に認識させ、家庭内での自身の地位を向上させている。これは、伝統的な家庭観念のもと、妻、母、娘といった複数の役割を担い、多くの負担を引き受けている女性たちにとってきわめて重要な意味を持つ。第三に、女性たちは老後の展望として、自分の年金を使って伝統太極拳を実践することによる自己実現を追求している。これは、家庭内での複数の役割から完全に「卒業」することではないものの、家事労働と社会労働の「二重の役割(負担)による緊張」の解消という点でも注目に値する。
以上の三点より、中間層の中高年女性にとって伝統太極拳とは、単なる健康増進の手段にとどまらず、社会的には自己を差別化し、家庭においては自己の地位を向上させ、自己実現を果たすための手段でもあることがわかる。したがって、陳氏太極拳という伝統文化は、現代におけるジェンダー的および階層的なニーズに応えているといえよう。