人類學雜誌
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永久歯歯冠の遺伝的変異性
溝口 優司
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1977 年 85 巻 4 号 p. 301-309

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抄録

永久歯歯冠の大きさは,一般に遺伝的変異性が高いと言われているが,その遺伝的変異性の環境的変異性に対する相対的な大きさはまだ十分には確認されていない。これは,分析されるべき現象が実際にはかなり複雑であるということに起因する。
双生児法による遺伝率の推定式として,HOLZINGERの式はあまりにも有名で,かつ,最も広く使われてきた式ではあるが,最近,遺伝率を推定するには全く不適当な式であることが指適された。これに代わって,現在最も解釈が容易でしかも双生児法における最も大きな問題である級内での共通の環境要因による分散を是正できる方法が提案されている。
本研究の目的は,この新しい方法に基づいて,より正確に永久歯歯冠の近遠心径の遺伝率を,即ち,遺伝的変異性の環境的変異性に対する相対的な大きさを推定することにある。
資料は東京大学医学部解剖学教室所蔵の双生児の全顎石膏模型266組である。
結果として,上下顎の少なくとも中切歯から第1大臼歯までの歯冠近遠心径は,これまで言われてきたように,有意な遺伝分散を持っていることが確認された。しかし,さらに詳細に結果を検討したところ,男の上顎犬歯及び下顎第2小臼歯,そして女の上顎第1小臼歯,下顎側切歯,下顎第1小臼歯及び下顎第1大臼歯の各遺伝率が,他の歯のそれよりも比較的低いことが確かめられた。これらの歯は下顎の第2小臼歯を除けば,いずれもヒトの進化過程において比較的安定な歯であったと言われている。このような事実に対する1つの解釈として,次のようなことが考えられるかもしれない。すなわち,ヒトの進化過程で安定していたと言われる歯は,その過程においてずっと普遍的な遺伝子によって支配され続れてきた。それゆえに,現在も遺伝的変異性が小さいのであろう。本当にこれら一部の歯が,その進化過程で遺伝的により安定していたのであれば,それらが他の歯よりも種の存続性に対して果してきた役割はより大きかったであろうと想像することもできる。
もちろん,このような解釈には更に詳細に検討すべき点もあるであろうが,極めて興味深いものである。また,男女によって低い遺伝率を示す歯の組み合わせが異なるという結果も,今後さらに確かめられなければならない問題であろう。

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