人類學雜誌
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保存不良骨の性判定
中橋 孝博永井 昌文
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1986 年 94 巻 3 号 p. 289-305

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抄録

保存不良な人骨に対しても適用可能な性判定法を得るため,頭蓋,四肢,骨盤の比較的遺存しやすい部分を選んで計18項目の計測値,示数を求め(Table 2),それを基にした判別関数法を,現代,中世(吉母浜),弥生(金隈,土井ケ浜)の4集団に適用した(Table 1).
まず現代人骨において,変数選択方式によって最適な項目の組合せを探ってみると,恥骨枝幅(PAB)を第1ステップとして,乳様突起高(MPL)まで10項目が選出された(Table 3).適中率は98.5/0に上り,ここで採用した諸項目の有用性を確認し得たが,本法の実用的価値を追求する意味で,次に,最低1項目,最大8項目を用いた種々の組合せをつくり,それぞれの判別関数を算出した(Table 4).部分別に見ると,性判定に最も有効なのは骨盤の諸項目で,特に恥骨枝幅(PAB)等では,1項目でも90%近い正判定率が得られた.ただ,遺存しやすい部分を選んでいるとはいえ,骨盤は一般的に保存が悪く,その実用に際しての効力にはやや問題が残る.それに対して,四肢骨の骨体周径はいずれも高い判別率を示し,保存度,計測の容易さ等の点において最も実用的価値が高いと考える.一方,頭蓋の諸項目は,乳様突起高(MPL)以外はさ程の効力を示さないが,2-3項目の組合せによって80%を超える適中率を得るのは可能であり,一般的に頭蓋は遺存度が高いので,四肢骨等と組合せればより正確な判定も可能である.また,こうした頭蓋,四肢,骨盤の各部分間の組合せは判定率を上げると同時に,多様な人骨遺存状況に対応させて判別関数を用いるためにも非常に有効である.ちなみに,恥骨枝幅PAB),四肢骨体周径(HUM. FEM. TBI, TBII),乳様突起高(MPL)といった項目の組合せでは,2-3項目で90%を超える判別率が得られた.
次に,現代人の計測値から求めた判別関数の古人骨に対する効力をみると,まず,吉母浜中世人に関しては,全体的に現代人での結果と大差ない確率での判定が可能であった.しかし,より古い弥生の2集団に対しては,用いる項目によって判別率のかなりの低下と男女差,つまり計測値の差に因る境界値のずれから,男性ではほぼ100%の適中率なのに,女性では大きく低下するといった片寄りがみられた.これは主に用いた項目の時代差,つまり,一般的に時代を遡る程,計測値が大きくなることによるものと考えられる.
従って,ある集団に対する判別関数は,時代や地域が同じか,近い関係にある集団に対してはかなり有効かと考えるが,遠い関係にある集団,あるいは所属不明の人骨に適用する場合は,集団差の少ない項目〔ここで調べた集団間でみる限りにおいては,乳様突起高(MPL),上腕骨最小周(HUN),寛骨臼厚(CSB),後頭骨厚(OCT),寛骨幅(ILB),第一仙椎幅(SAT)等〕に限定して用いるべきであろう.
一方,各集団において,それぞれ判別関数を算出して適用すれば,そうした判定率の片寄りもなく,現代人での結果と同程度か,むしろ上回る結果が得られ,ここで用いた諸項目の古人骨に対する有効性が確認された(Table 5).
さらに,判別関数法と比較する意味で,男女の平均値の中間点を境界として性判別を行なってみると,例えば,恥骨枝幅(PAB),棘耳状切痕示数(ASI),四肢骨体周径(HUM. FEM. TBI. TBII),乳様突起高(MPL)等では,単独でも80%前後か,あるいはそれ以上の適中率が得られ(Table 2),またこれらを何項目か組合わせれば,十分実用に耐え得る確率での判定も可能である(Table 4).判別関数法に較べれば全体的にその信頼性において劣るとは言え,こうした非常に簡便な方法も,その実用的な意味において十分検討に値するかと考える.
以上,ここで示した方法は,まだ判別関数を算出するための資料数が古人骨でやや不足している点や,他時代,他地域出土人骨への適用拡大等,いくつか今後の課題を残すものの,比較的遺存しやすい部分のみを計測に用いている点,また,多様な骨の遺存状況に対応して項目を選べるよう.全身各部に多くの項目を用意し,しかもそれらの少数の組合せでかなりの高判定率が得られる点において,保存良好人骨はもとより,通常,多くの保存不良骨を含む古人骨の性判定に効力を発揮するものと考える.

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