抄録
骨は外部の力学的条件の変化に対して形態的な適応を示すと考えられている.これまでヒトやサル類大腿骨の骨体横断面の力学的特性値を計測することにより,骨の形態的適応現象と筋収縮や運動時に生ずる筋収縮以外の外力による力学的な負荷,あるいはロコモーションの様式との関係がしらべられてきた.特定の様式の運動負荷が骨の形態に及ぼす影響を詳しくしらべるためには,同一の遺伝的背景をもち,生活環境を一定にコントロールした実験動物を用いることが望ましいと思われる。すでに著者らはラットを用いて強制走行運動負荷が大腿骨中央断面の形態に及ぼす影響について報告した.
今回は,SD 系雄ラット16匹を非運動群と運動群に分け,強制走行運動負荷が成長期のラット大腿骨骨幹にそった部位ごとの断面特性値に及ぼす影響をしらべた。運動負荷にはストレスが少ないと考えられる新式トレッドミルを用い,1日20分間最高速度約40m/秒の比較的高速の強制走行運動負荷を与えた.動物の飼育は12時間おきの明暗サイクルの下で行ない,運動負荷と摂食の時間帯を一定に設定して,自発運動量や摂食量における個体差が少なくなるように配慮した.最終体重は両群の間で有意差が認められなかった.大腿骨は近位側から最大長の30%~75%の区間を5%おきに10ケ所切断し,拡大写真から断面特性値を計算した.その結果つぎのような事柄が明らかになった.
1)ラット大腿骨では小転子が30%部位よりもやや近位に,第3転子が30~45%部位に位置する.このような形態的特徴を反映して,ラット大腿骨の骨幹に沿った断面特性値の変化は,下記のように,サル類,ヒトとは異なる特有のパターンを示した.
a.断面積:55~70%部位で最小値をとり,中央部位より近位部にかけて漸増する。中央部付近から遠位部に向かってもわずかに増加の傾向を示す.
b.断面2次モーメントおよび断面2次極モーメント:骨幹の近位部と遠位部で大きく,中央付近の50~65%部位で最小となる.左右方向の断面2次モーメント(Iy)に対する前後方向の断面2次モーメント(Ix)の比率からみると,ラットはサル類やヒトとくらべて左右方向の曲げ強度が相対的に大きいと考えられる.
c.主軸の角度:近半部位で大きく,40~45%部位で最大となる.すなわち,断面2次モーメントの大きい方向は,骨幹中央よりもやや近位部において最も強く外旋し,前後軸方向に近づく.
d.断面示数:35%部位で最小,55%部位で最大となる.すなわち,近位部では断面の形状が扁平化して断面2次モーメントの大きい方向に細長くなり,他方,中央部よりやや遠位部では断面がもっともまるくなる.
2)走行運動負荷は大腿骨断面特性値に対して,下記の効果を示した.
a.骨幹の中央部から近位側において,左右方向の断面2次モーメントおよび断面積を大きくし,主軸を内旋させる.すなわち,骨幹の近位部では左右方向の曲げ強度,骨幹の長軸方向の圧縮強度が増加する.
b.中央部から第3転子近辺にかけて,断面示数を小さくする.すなわち,骨幹の断面を主軸方向の径が大きくなるように扁平化させる.
c.小転子近辺において,前後方向の断面2次モーメントおよび,断面2次極モーメントを大きくする.すなわち,前後方向の曲げや=りに対する抵抗が増加する.
3)これらの結果から,走行運動負荷はラット大腿骨の中央部から近位側の断面形態に強度の増加を想定させるような変化をひきおこすこと,その際の負荷の主因は筋収縮であることが示唆された.