人類學雜誌
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歯冠形質からみた環太平洋•オセアニア民族の類縁関係について
埴原 恒彦
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1990 年 98 巻 3 号 p. 233-246

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抄録

東アジアを起点とするモンゴロイド系人種の拡散と分化に関する研究の一貫として,環太平洋,オセアニアに分布する集団を非計測的歯冠形質に基づき比較分析し,その類縁関係について検討した.
対象とした集団は,ピマーインディアン,現代日本人,沖縄島民,青ケ島島民,アイヌ,縄文人,弥生人(土井ケ浜人),ネグリト,ポリネシア人,ミクロネシア人で,分析は歯冠諸形質に基づく3種類の生物学的距離(MMD,E2,B2)によった.各分析の結果,多少の違いはあるもののおおよそ同様の結果が得られた.
現代日本人は土井ケ浜弥生人に最も近くピマーインディアンと共にひとっのクラスターをつくる.しかし同じ現代日本人でも特殊な環境下にあった集団(地理的隔離集団)は本土の住民よりも太平洋民族に近く,これら二つのグループ(地理的隔離集団と太平洋民族)はさらに縄文人,ネグリトと共に別のクラスターを形成する.この二つのクラスターはいわゆる北方系の新モンゴロイド集団と南方系の原モンゴロイド集団に対応する.さらにネグリトの標本数が比較的少ないためにSJØVOLD(1975)の方法によって彼らがどの集団に最も類似しているかを検討したところ(表6),地理的隔離集団(日本人)に最も類似していることが明かとなった.
以上の結果は日本人の基層集団が恐らく後期更新世の原モンゴロイドに由来し,弥生時代以降北方系渡来民の影響を強く受けたとする仮説を支持するものである.また,この基層集団は東アジア,太平洋における人種形成の過程で歯冠形質に関する限りネグリトのような集団から拡散,分化してきたのではないかと考えられる.
今回得られた結果は,歯冠形質に関しては,原モンゴイドといういわば更新世の仮想人類集団が,東南アジア,西太平洋に分布しこの地域に現存する最も古いタイプの人種とされるネグリトにある程度類似していた可能性を示すものと思われる.今後,ネグリトを含むプロトマレーの系統(モンゴロイド集団の拡散以前に東南アジァ,西太平洋地域に分布していた原住民の総称)が,東アジアの基層集団を解明してゆく上でひとっの鍵を握るのではないかという視点からさらに分析を進めたい.

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