生物物理
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総説
ブラウンラチェットを介する力の受容器ラメリポディア
渡邊 直樹
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2023 年 63 巻 3 号 p. 143-147

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Abstract

細胞先導端のアクチン重合は,押す力を発生する「重合モーター」と考えられてきた.この力の発生を説明するブラウンラチェット機構がラメリポディア先端で稼働するかについて,検証した研究を紹介するとともに,同機構が細胞のメカノセンサーとなり,外力を細胞運動のための情報に変換している可能性について解説する.

Translated Abstract

Our recent live-cell single-molecule analysis revealed the force-velocity relationship of actin polymerization at the lamellipodium tip. Locally-applied traction force enhanced actin polymerization exclusively at the tip, followed by gradual cell protrusion. The results are consistent with the force-velocity curve predicted by the Brownian ratchet theory. In the lamellipodium, the load on each actin barbed end is kept low by the constant retrograde actin flow and densely-packed filaments. This enables fast reactivity of cell edge protrusion against subtle force changes. Cells appear to use the Brownian ratchet mechanism to harness ‘information’ for their force-directed morphogenesis and migration.

1.  ラメリポディア:特異な形態と高密度アクチン

ラメリポディア(葉状仮足)は,細胞の辺縁から基質に沿って,あるいは背面から上向きに形成されるベール状の突起である.幅広い種類の動物細胞に普遍的に存在する.特筆すべきはその薄さで,厚みは176 nmしかない1).その内部には,1000 μM1)もの高密度のアクチン分子からなる線維ネットワークが形成され,ほぼ一体となって2),絶え間なく細胞中心に向かって流動する3).アクチン分子は重合するたびにATP1分子を加水分解する.そのため先端で線維を生成し続けるために大量のATPが消費される.加えてラメリポディア内部でも毎秒3%の線維が重合・脱重合で入れ換わる4).局所濃度として50 μM近いATPが毎秒消費される.この盛んなATP消費は,何に役だつのだろうか.

因みに,「ラメリポディア」という言葉は,1970年Abercrombieらによって“for future discussion(将来の議論のために)”命名された5).彼らはタイムラプス映画撮影顕微鏡を用い,培養細胞辺縁のラッフル膜の動きを定量し,2.3 μm/minの速度で細胞中心方向へ動くことを見出した.これは単分子スペックル(single-molecule speckle,以下SiMSと略す)で可視化されたアクチン求心性流動の速度4)とおおよそ符合する.この特殊な構造が力学センサーとして機能している可能性について議論したい.

2.  アクチン重合の力-速度関係

アクチンは,速い重合端である反矢じり端を細胞先端に向けており6),その重合は細胞先導端を前方に押し出すための機構と考えられている.アクチン重合によって生じる力は,アクチン単量体が細胞膜とアクチン反矢じり端との隙間に確率的に挿入することによって発生するというブラウンラチェット(BR)モデルによって理論化されている7)-9).このシステムはいわば「重合モーター」とみなすことができる.しかし,ATP消費の観点からは,「重合モーター」はかなり効率の悪い動力装置である.BR理論に基づく以下の式7)から,細胞内におけるアクチン重合端のストール力fstallは約6.2 pNと算出される.

fstall = (kB T/δ) ln(k+ C/k),

kBはボルツマン定数,Tは絶対温度(kB T = 4.1 pN·nm),δはアクチン1個の付加による線維伸長の長さ(2.7 nm),Cはアクチンモノマー濃度,kは反矢じり端で1.4 s–1である.81 s–1というk+ Cの細胞内の値は,フォルミンタンパク質mDia1によるプロセッシブアクチン伸長速度10)から直接推定することができる11).この6.2 pNという理論上のストール力は,ケラトサイト先導端が発生する力の実測値から推定された1.7 ± 0.8 pNという値12)よりも高い.この差が生じるのは,先導端の力の測定中にアクチン線維が一部失われる(後述)ためであろう.実際にラメリポディアで反矢じり端が生じる力は,25~100 nm/secの速度でコンスタントに伸長するため,アクチンの伸長速度vと重合力fの関係7)

v = δ [k+ C exp(–f δ/kB T) – k]

から,ストール力より小さい1.2~3.4 pNと推定される.すなわち,アクチン1分子の付加が生む仕事は3.2~9.2 pN·nmと予測される.一方,細胞内環境におけるATP加水分解のGibbs自由エネルギーは–60 kJ/molと見積もられており13),1分子あたりおよそ100 pN·nmに相当する.つまり,アクチン重合はATPのエネルギーを効率よく仕事に変換できない.細胞が前方に移動する際,ラメリポディアが幾度となく伸展と退縮を繰り返すことからも,「重合モーター」は決して効率のよい運動装置とはいえない.多くの細胞がこのATPの浪費家であるラメリポディアを養い続けるのは,「重合モーター」以外の理由があるはずである.

3.  メカノセンサーとしてのアクチン:2つのしくみ

物理刺激は,運動・遊走・増殖・分化を含む様々な細胞活動に影響を与える.線維芽細胞は,硬い培養基質に接触すると仮足を伸ばし,軟らかい基質から移動するdurotaxisと呼ばれる性質を示す14).初代培養神経の短い突起先端に牽引力を加えると,軸索と構造的に類似した神経突起の持続的な伸長が起こる15).物理的な力を細胞突出に変換するなんらかのメカニズムが示唆される.

アクチン線維自体,張力のメカノセンサーとして機能する.張力が減少したとき16),あるいは曲がったとき17),脱重合因子コフィリンによる分解が加速する.細胞内でも,ミオシン由来の張力を低下させると線維寿命が短くなる18).マイクロマニピュレーターで細胞表面を数ミクロン変形させると,アクチン単量体総量が速やかに10~20%増加する.これが遊離アクチン単量体を数倍増やし,mDia1を含む複数のフォルミンタンパク質による10秒程度の爆発的なアクチン重合核形成促進を誘発する19).このように,大量のアクチン線維の分解と引き続く再生が物理刺激に曝された細胞において可視化されている.

もう1つ,メカノセンサーとしてアクチンが働きうる場所がある.BR理論による力-速度関係は,アクチン伸長が力を発生するしくみとして用いられてきた.この関係を逆に読むと,アクチン伸長が力に影響される,すなわち力の感知機構として働きうると解釈することも可能である.尚,いくつかの研究でケラトサイトのラメリポディア先端が発生する力が直接計測され,山型の力と細胞先端の速度の関係が明らかにされてきた12),20),21).これは,BR理論が予測する指数関数的な関係とは異なっていた.しかし,カンチレバーやガラスニードルに徐々に架かる力が常に個々の反矢じり端が発生する力とは比例していない可能性がある.また,「山」のピーク辺りでは反矢じり端が重合を止めてしまう強いストール力付近での力の遷移を反映するかもしれない.通常架かる弱い力付近での力-速度関係を解明するためには,外力の変動のもとでリアルタイムにアクチン重合を計測することが必要であった.

4.  単分子スペックル法による力-速度関係の解明

上記の2つのアクチンによるセンサー機構を踏まえ,細胞局所に架かる牽引力のアクチンへの影響を検証した.変形可能なポリジメチルシロキサン(PDMS)の培養基質を用いた実験系(図1a)を構築し,細胞局所のアクチン分子の応答をモニターした22).この実験系の構築にあたり,過去に行われたような細胞表面の直接操作23),24)を避けることに特に注意を払った.細胞表面を操作すると,フォルミンタンパク質によるアクチン重合核形成バーストが誘発され19),アクチンが細胞中央部分へ引き抜かれることでラメリポディアから消失するため22),結果の解釈ができなくなる.XTC細胞(アフリカツメガエル培養細胞株)に幅の広いラメリポディアを形成させるポリリジンをPDMS基質上に共有結合させ,eSiMS(エレクトロポレーションによる単分子スペックル)法で取込ませる高輝度蛍光アクチン2)やシリコーン浸対物レンズを組み合わせることで,50ミクロン厚のPDMS越しにアクチン分子を可視化し,基質を牽引した際の細胞局所の重合変動を捉えることに成功した.

図1

基質牽引時にラメリポディア先端でのみ増強するアクチン重合.(a)実験の概要.(b)アクチン単分子スペックル(SiMS)の出現位置・数の変化.(c)牽引速度に対する先端近くでのアクチンSiMSの出現頻度.データの平均の近似曲線(グレー)はブラウンラチェット理論による予測(破線)とよく一致した22)

結果は,牽引力をかけるとアクチン重合が即座に亢進することを示した.アクチン重合はラメリポディア先端でのみ増強され,内部では増強されない(図1b).牽引力に対する応答は,先導端に局在するアクチン重合促進因子Ena/VASPタンパク質,WAVE複合体のいずれかがなくても観察された.フォルミンファミリーがプロセッシブに重合する線維には取り込まれにくいGFPアクチン22)でもアクチン重合の増大が観察されることから,フォルミンの関与も否定的である.

アクチンSiMSのラメリポディア先端での出現頻度は,牽引速度が特に速いときに増大した(図1c).この性質は,牽引操作初期に細胞構造間の摩擦がダンパーのように働き力を変動させる,すなわち牽引速度と力の変動量が比例すると仮定すると,観察された重合速度との関係は,BRモデルにおける力-速度関係によく符合する.これらのことより,低い力が反矢じり端に架かる範囲では,先導端のアクチン重合の速度変化がBR理論の予測に一致することが明らかとなった.

重要なことは,牽引力をかけるとラメリポディアの先端が基質の位置を基準に徐々に突出することである.平均で10%余りの線維の密度の上昇も伴うが,前方への伸長が大きく増強される.つまり,先端のアクチン重合頻度の上昇は,単に伸展されて生まれた自由空間を埋める分だけでなく,増加した空間を越えてオーバーシュートすることが証明された.また,この細胞突出の度合いもBR理論で予測される挙動と良く符合していた.牽引力をかけた最初の30秒間で,局所で増加した重合量は,細胞全体のアクチンの約5%に相当する.これらの観察から,ラメリポディア先端に接するアクチン反矢じり端のBR機構の存在と牽引力方向へ細胞を突出させるメカノセンサーとしての役割が明らかになった.

5.  ラメリポディアは細胞の力覚器官

今回発見されたBRを介する外力応答のしくみは,多くの動物細胞が薄く平らなラメリポディアを形成し続ける理由かもしれない.厚さ176 nmのラメリポディアの先端で,1 μm幅に接触する線維数は約250と推定される.つまり,ラメリポディア先端が強い圧力に対抗できる一方,各々の反矢じり端に架かる力は小さい.絶え間ないアクチン求心性流動は,各反矢じり端に架かる力をさらに低下させる.XTC細胞のラメリポディアの場合,アクチン流動を駆動する力の約40%をアクチン重合が生み出す.

残りは,2,3-butanedione 2-monoxime(BDM)に感受性があり22),Blebbistatinに阻害されない2)モータータンパク質により後方に向かって駆動されている.この絶え間ないアクチン流動の役割は,単に力を低下させるだけにとどまらない.モーターによる求心性流動の加速は,力とアクチン伸長速度のバランスをユニークな「弱い力対速い伸長」状態に移行させる(図2).流動が無い状態(図2下)と比べ,わずかな力の変化で伸長速度がより大きく変化する(図2上).このように,アクチン求心性流動のおかげで,弱い力の変動に対し,効率よく伸長速度を大きく変化させる準備があらかじめできているのである.

図2

BR理論によるラメリポディア先端のアクチン重合の力-速度関係.四角の中は各条件下でのアクチン重合のエネルギー地形の模式図.右向きがアクチン伸長を表す.力の変化は右向きのエネルギー障壁(黄色)を上げ下げすることによって重合速度を変化させる.

上述したラメリポディアのアクチンの構造的・生化学的・動的な特徴は,全て弱い力に鋭敏に反応し先導端伸長速度を大きく変動させる条件の成立に貢献する.動物細胞は,BRを介するメカノセンサーを利用するためにラメリポディアを維持進化させてきたのかもしれない.このしくみは,非興奮性細胞において普遍的に働く最も根源的なメカノセンサーであろう.

6.  インフォメーションラチェットとの類似性

関連する概念に,分子の位置情報を利用しラチェットを操作できれば,BRは確率的な分子運動を有用な仕事として取り出すことができるという「インフォメーションラチェット」と呼ばれる考え方がある25).実験的にも,分子の位置情報を感知しラチェットの障壁を上げ下げできる工夫や操作を組み込むことで,化学反応や機械運動を直接後押しせずに,一方向に進められることが証明されてきた26).つまりBRは情報とエネルギーとの変換装置として機能しうる.

今回発見されたBRを介するアクチン重合センサーは,外力が分子の位置に基づいて障壁を操作しない点で,インフォメーションラチェットとは異なる.しかし,力が実質的に障壁の上げ下げに関与する点で類似性がある(図2).細胞内では豊富なATPとアクチン単量体のADP/ATP交換反応を促進するプロフィリンにより,伸長に必要なATPアクチン(多くはプロフィリンと結合)が常に存在し,物理障壁がなければ毎秒約81サブユニットでアクチンは伸長する10).よって,BR機構の「分子のゆらぎから一方向性に動かす仕事を取り出すことができるか」という問いは,ここでは一義的な問題とはならない.また,生物はいわば負のエントロピーを食べて生きているので,効率が悪くても利得が大きければ,機構を維持するはずである.では,BRフォースセンサーにはどのような利得があるだろうか.

まず,広範囲の力に応答できること,非線形に速度を変化させることが図2から見て取れる.マクロ世界の機械でこのように広範囲の力と速度に対応するには,複雑な機構が必要となるかもしれない.特に,弱い力のときにアクチン伸長速度上昇が強調されるという性質を単純なしくみで実現できることは,BR機構の利得だろう.近年,増えつつある電気自動車のモーターの回転数とトルクの関係には,図に近いものがある.しかしながら,マクロの機械は,多かれ少なかれ慣性のため瞬時に速度を変化できない.今回のデータでは,牽引を始めてから0~8秒の区間で,既に最大応答が観察されている.反矢じり端自身が力に応答する機構となることで,瞬時に応答を引き出していると考えられる.

さらに重要なのは,この応答で得られたアクチン重合が「情報」として細胞に蓄積される点である.今回行った30秒間の牽引操作における重合の増加分は,細胞内のアクチン分子の約5%(~5 × 106分子)を局所に呼び込む効果をもつ22).そして,細胞端が徐々に突出する.葉状仮足のアクチン線維は重合後3分の1が10秒以内に寿命を終えるため4),増加したアクチンの全てがそのまま蓄積するわけではないが,この局所にリクルートされたアクチンは,細胞がどの方向に動くかの意思決定に大きな影響を与えるはずである.これは,細胞にとって外力から方向性をもった「情報」の獲得と言えよう.細胞はアクチン重合BRメカノセンサーを効率よく働かせるために,一見無駄と思えるATPを消費し,絶え間なくアクチン求心性流動を駆動し,線維が密集するラメリポディアを作り続けているのではないだろうか?

7.  分子ゆらぎや反矢じり端の動的不安定性との関連

細胞がBRセンサーから大きな利得を得ているのであれば,BRに直接働きかけ応答性を変える分子機構を発達させている可能性も考えられる.例えば,先導端に集積するEna/VASPファミリーについては,それが無くても牽引力にアクチンは応答するが22),四量体を形成し反矢じり端に動的に相互作用しながら,力-速度関係に影響を与えていそうである.これを含め,膜,接着分子,アクチン線維8),9)など様々な分子のゆらぎの変化が「分子の位置に基づいて」障壁の上げ下げに影響する効果をもたらすか,興味がもたれるところである.

これとは別に,細胞内アクチン反矢じり端近傍の驚くべき速い脱重合が明らかになりつつある.Capping ProteinのJasplakinolide感受性の短寿命(半減期1.2秒)の発見10)から,筆者は,反矢じり端側の速い崩壊と再重合を提唱してきた27).この速い線維崩壊は,コフィリン,AIP1,Coroninの協調作用28)によるものと思われたが,最近,TwinfilinがCapping Proteinの速い離脱に必要なことが示された29).自験例でも10 fpsで撮影したアクチンSiMS2)の動態を再検証することで,先導端近くで重合した線維の15%近くが0.5秒以内に解離することを見出した30).これらを統合すると,アクチン反矢じり端が伸長後のごく短い時間,不安定な状態にあること,反矢じり端の線維崩壊を加速する機構がラメリポディアでは積極的に働いていることが考えられる.この動的不安定性に似た反矢じり端近傍の速いアクチンダイナミクスがBR機構にも影響を与えているかもしれない.今後の研究によって,BR機構の分子レベルでの制御がより詳細に明らかにされることを期待する.

文献
Biographies

渡邊直樹(わたなべ なおき)

京都大学大学院生命科学研究科教授(同医学研究科教授兼務)

 
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