2023 年 63 巻 3 号 p. 157-159
本来のタンパク質機能を維持したままで細胞種選択的に受容体を操作する細胞操作技術として,我々は配位ケモジェネティクス法を開発した.本稿では,代謝型グルタミン酸受容体(mGlu1)への本手法の適用および小脳スライス切片での細胞種選択的なmGlu1の活性化について紹介する.

ヒトの脳には1,000億個もの神経細胞が存在する.神経細胞は様々な種類に分類され,複雑かつ厳密に連携して記憶や学習を担う神経回路を形成する.脳内には,アストロサイト,ミクログリア,オリゴデンドロサイトなどのグリア細胞も存在し,神経機能維持に不可欠な役割を果たす.このような複雑な脳組織における神経回路形成の解明を大幅に加速しているのが,オプトジェネティクスおよびケモジェネティクスなどの細胞操作技術である.ケモジェネティクスでは,化合物投与のタイミングで細胞機能を制御する.その代表例として,Gタンパク質経路を活性化できるDREADD1),イオン流入を制御できるPSAM/PSEM2),3)が挙げられる.時間分解能の点ではオプトジェネティクスに劣るが,高い非侵襲性の観点から,ケモジェネティクスは動物個体での細胞操作技術として有力視される.理想的な細胞操作技術は,細胞に内在する受容体を細胞種選択的に活性制御できることだと我々は考える4).しかしながら,既存法は,人工的な受容体を強制発現させて化合物で制御するため,発現場所や惹起するシグナル強度も含めて,生理的な応答とは言い難い.神経回路を受容体分解能で解明するためには,本来のタンパク質機能を維持したままで細胞種選択的に受容体を操作する必要がある.
我々は,受容体機能を維持したままで人為的に活性制御できる新たなケモジェネティクス法の開発に着手した.その際に,幅広いタンパク質への適用性を考慮に入れ,受容体の活性化時に起こる構造変化に着目した.例えば,興奮性神経伝達を担うグルタミン酸受容体には,イオンチャネル型とGPCR型が存在するが,細胞外にグルタミン酸が結合するリガンド結合部位(LBD)を有するという共通の構造的特徴が存在する.不活性化時には開いているLBDが,グルタミン酸が結合することで閉じ,その構造変化が膜貫通領域に伝えられて受容体が活性化する(図1A).我々は,この構造変化を人為的に惹起できれば,グルタミン酸受容体の活性を人為的に制御できると着想した.具体的には,LBDの上下それぞれにヒスチジン残基を変異導入して金属結合サイトを作製する.その変異タンパク質に対して金属錯体を処置すると,導入したヒスチジンと金属錯体との配位結合により,閉構造が安定化されて人為的に活性化できると期待した(図1B).従来のケモジェネティクスとは大きく異なり,この戦略では,グルタミン酸結合には摂動を与えず,金属錯体を加えるタイミングで受容体を活性制御できると考えられる.

(A)mGlu1活性化の模式図(B)配位ケモジェネティクスによるmGlu1活性化の模式図(C)mGlu1活性化におけるグルタミン酸(左)およびPd(bpy)(右)の濃度依存性.
本手法の有用性を実証するために,小脳に多く発現し,運動機能や運動学習を担う代謝(GPCR)型グルタミン酸受容体mGlu1サブタイプに着目した.mGlu1のLBDの上下それぞれにヒスチジンを変異導入した変異体と金属錯体の組み合わせを探索したところ,mGlu1変異体の数種類がパラジウムビピリジル錯体(Pd(bpy))で活性化されることを見出した(図1B)5).最適化したmGlu1変異体においては,上部は内在する55番目のヒスチジン残基を用いるため,変異導入は下部に対する1アミノ酸変異(N264H)で十分であった.期待したとおり,この変異体mGlu1(N264H)は,グルタミン酸に対する応答に影響を与えることなく,1~3 μMのPd(bpy)により活性化された(図1C)6).
Pd錯体は,配位形態も含めた化学的特性が抗癌剤として知られるシスプラチンに類似するため,細胞内ではDNAに結合して細胞増殖を阻害するなどの副作用が懸念された.Pd錯体の神経毒性はプラチナ製剤と比較して良好であることが知られるが,神経細胞や脳組織での使用を考慮して,Pd(bpy)の細胞に対する毒性を評価した.神経前駆モデル細胞として用いられるPC12細胞を用いてPd(bpy)の毒性を調べたところ,神経突起伸長には影響しないものの,高濃度(30 μM)のPd(bpy)存在下において顕著な細胞増殖阻害が見られた.そこで,細胞膜透過性の低減が期待できる親水的なPd錯体を複数合成して細胞毒性を評価したところ,Pd(sulfo-bpy)は細胞増殖や神経突起伸長に影響を与えることなくPd(bpy)と同様にmGlu1(N264H)を活性化できた(図2)6).

Pd(bpy)と低毒性なPd(sulfo-bpy)の構造.
低毒性なPd(sulfo-bpy)が得られたので,次にマウス脳組織に発現するmGlu1の活性制御について検討した.神経細胞に内在的に発現するmGlu1のケモジェネティクス制御を行うために,CRISPR/Cas9によりmGlu1遺伝子にN264Hが変異導入されたノックインマウスを作製した.これまでの研究から,mGlu1は小脳においてプルキンエ細胞に多く発現して運動機能や運動学習に重要な役割を果たし(図3A),mGlu1の機能異常は重篤な運動失調を引き起こすことが知られていた.そこで,mGlu1(N264H)ノックインマウスを詳細に解析したところ,期待したとおり,mGlu1の発現や機能には影響がなく,マウスの運動機能も正常であることを確認した(図3B).次に,mGlu1(N264H)ノックインマウスから調製した小脳急性スライスにPd(sulfo-bpy)を添加したところ,mGlu1の活性化に伴って惹起されることが知られる小脳長期抑圧(LTD)を確認できた(図3C).一方,野生型マウスにおいては,Pd(sulfo-bpy)は電気生理応答にほとんど影響を与えなかった.すなわち,脳組織においてもPd(sulfo-bpy)によるmGlu1(N264H)の活性化および高次脳機能の制御を実現できたと言える6).

(A)小脳における主要な神経回路(B)WTおよびmGlu1(N264H)の小脳における発現分布(C)配位ケモジェネティクスによる小脳LTDの惹起(D)アデノ随伴ウィルスを用いたMLIおよびプルキンエ細胞選択的なmGlu1(N264H)の発現確認.
小脳において,mGlu1はプルキンエ細胞に多く発現するが,プルキンエ細胞の機能を調節する役割を担う顆粒細胞,分子層介在神経(MLI)にもmGlu1が発現することが知られる(図3A).特に,MLIにおいては,mGlu1の活性化剤であるDHPGを小脳急性スライスに投与した際にMLIの神経活動が亢進することが報告されていた.しかし,これまでは,どの神経細胞種(顆粒細胞,MLI,プルキンエ細胞)のmGlu1の活性化がMLIの活動亢進に重要かを確認することは困難であった.そこで,アデノ随伴ウィルスと細胞種選択的な遺伝子発現プロモーターを駆使して,マウス脳内のプルキンエ細胞およびMLIに対して,それぞれmGlu1(N264H)を選択的に発現させた(図3D).得られた小脳急性スライスに対してPd(sulfo-bpy)を投与したところ,MLIにmGlu1(N264H)を発現させた小脳スライスにおいては,MLIの神経活動の亢進が確認されたのに対して,プルキンエ細胞にmGlu1(N264H)を発現させた小脳スライスでは,そのような変化は見られなかった.これらの結果は,MLIの活動亢進がMLI自身のmGlu1の活性化によって惹起されることを示唆しており,MLIに発現するmGlu1の重要性を,本手法を用いて実証できた6).
我々は,配位化学を巧みに用いることで,受容体のリガンド結合能を維持したままで,細胞種選択的に標的受容体を活性制御できる配位ケモジェネティクス法を開発した.本手法は,受容体ファミリーに保存される構造変化に基づく活性制御法であるため,mGlu1以外の受容体に対する適用拡大が期待される.実際に,イオンチャネル型受容体であるAMPA型グルタミン酸受容体(AMPAR)の活性制御を実現している5).また,配位形態の違いを利用して,mGlu1変異体の直交的な活性制御にも成功している7),8).
次なるステップは,動物個体における神経回路研究に配位ケモジェネティクスを適用することである.それに向けて,Pd(sulfo-bpy)の血液脳関門通過を含めた薬物動態の評価,および薬物動態を改善した新たな金属錯体開発が今後の課題として挙げられる.
本研究は,京都大学大学院工学研究科 浜地格先生および慶應義塾大学医学部 掛川渉,柚﨑通介先生との共同研究成果であり,関係者の皆様に心からお礼を申し上げます.また,本研究成果はJST ERATO研究(浜地ニューロ分子技術プロジェクト)の一環で行われたものであり,本論の一部はプレス発表においても報告済みである9).